WIPO GREEN:環境に優しいイノベーションと技術移転の支援
著者 Amy Dietterich、WIPO グローバル・チャレンジ部 部長
私たちは皆、健康で満足できる生活を実現するために複雑に入り組んだ自然システムに依存しています。そのため、私たち全員が多かれ少なかれ気候変動の影響を経験しており、低炭素な未来への移行に役立つ行動とソリューションを促進する責任を共有しています。
環境に優しい未来への道のりにおいて、技術イノベーションは間違いなくソリューションの一部です。 世界知的所有権機関(WIPO)が、特にWIPO GREENの取り組みを通じて最も積極的かつ直接的に推奨しているのが、まさにソリューションの一部である技術イノベーションです。
イノベーションを奨励し、その実現を可能にするバランスの取れた知的財産制度は、よりクリーンで環境に優しく、より効率的な技術を開発するために必要な創造性を解き放つための鍵となります。これらの技術的ソリューションは、限りある天然資源と人口拡大に直面している世界において、私たちが持続可能性目標を達成する上で中心的な役割を果たすでしょう。
WIPO GREEN:環境に優しい技術移転の促進
WIPO GREEN は、低炭素な未来への移行を支援する環境に優しいテクノロジーの採用と利用を拡大するために、そのテクノロジーのイノベーションと移転を促進かつ加速させることを目指して、 2013 年に設立されました。
官民のパートナーシップであるWIPO GREEN は、環境に優しいテクノロジーのイノベーターと環境に優しいソリューションを必要とする人、気候に優しいテクノロジーを支援する公的機関と民間企業、そして、このようなイノベーションやその他の関連分野の専門家を繋いでいます。 WIPO GREEN を通じて、 WIPO とそのパートナーは、環境に優しい技術的ソリューションの開発、採用、導入を支援する実用的な解決策を提供しています。
持続可能なテクノロジーのオンライン市場として、WIPO GREEN は、 水源への持続可能なアクセスや気候に優しい衛生管理など、環境に優しいテクノロジーを提供する側(そのようなソリューションの開発担当者など)とテクノロジーを求める側(特定の問題に取り組むための環境に優しいソリューションを必要とする人など)を結びつけるのに役立っています。これは主に、現在3,000 件を超える技術やニーズを取り扱っている WIPO GREEN データベース を通じて行われます。
WIPO GREENデータベース
WIPO GREEN データベースは、 WIPO GREEN プラットフォームを支える柱です。データベースには、気候変動の影響への適応と緩和の両方に役立つテクノロジーが取り扱われており、試作品や市場性のある製品も含まれています。また、データベースには、気候関連の課題への取り組みを支援するテクノロジーとソリューションを探している団体が表明したニーズも入っています。紹介されているテクノロジーはすべて、ライセンス供与、コラボレーション、合弁企業や販売に利用できます。
現在、データベースには以下7 つのテクノロジーカテゴリが含まれています。:
- 建設・工事
- エネルギー
- 農業・森林管理
- 汚染・廃棄物
- 輸送
- 水
- 製品、材料、処理
各カテゴリには関連する一連のサブカテゴリが含まれています。例えば、汚染・廃棄物のサブカテゴリには、リサイクル、廃棄物管理、大気汚染などが含まれています。
WIPO GREEN は世界中のどこからでも無料でアクセスできます。登録時には、ユーザーはテクノロジーの環境面でのメリットを簡単に説明することが求められます。現在、このプラットフォームは、中小企業、大学、研究機関、多国籍企業を含む、 63 か国の約 1,500 の国際ユーザーにサービスを提供しています。以下、ユーザーの一例です。:
ANAGEA Consultores S.p.A.(チリ)
Dalian Institute of Chemical Physics, Chinese Academy of Sciences(中国)
Fujitsu Limited(日本)
Kenya Climate Innovation Center(ケニア)
Korea Institute of Energy Research(韓国)
PROvendis GmbH(ドイツ)
University of Pennsylvania(アメリカ合衆国)
低炭素な未来への移行を支援するという可能性を持つテクノロジーを備えた企業または団体、そして、気候関連の問題に対する特定の解決策を必要としている人は誰でも、WIPO GREEN に登録できます。登録することで、 拡大する WIPO GREEN エコシステムに参加することができ、また、 WIPO GREEN パートナーになる可能性さえもあります。
気候変動および食料安全保障
昨年、WIPO はプログラムを新たなレベルへと引き上げる 2019 年から 2023 年までの WIPO GREEN 戦略計画を発表しました。また、 3 つの戦略的目標の 1 つとして、「気候変動、食料安全保障、環境に関連する主要な政策問題に取り組むためのグローバルな取り組みにおいて、加盟国が知的財産とイノベーションを活用できるよう支援する」必要性を特定しています。
気候変動と気候変動による農業生産システムや食料安全保障への影響が深く絡み合っているため、食料安全保障をWIPO GREEN プラットフォームに関連させるのは自然な次へのステップのように考えられました。そのため、 WIPO の戦略計画には、食品廃棄物を削減するテクノロジーなど、持続可能な食品生産テクノロジーの分野に関して WIPO GREEN データベースを強化するという意欲的な計画が含まれています。
食料安全保障と気候変動の問題は、気候変動対応型農業などの適応計画を通じて部分的に対処することができます。農業開発に対するこの幅広いアプローチを通じて、農業生産性を高め、回復力を高め、気候変動に対する脆弱性を縮小し、温室効果ガスの排出を減らすことに努めています。
WIPO GREEN は、サポーターの幅広いグローバルネットワークと革新的なソリューションを含む知財資産(発明、技術、ノウハウ)の豊富なデータベースを有し、その多くは農業生産と食料安全保障に関連しています。実際に、最新の環境に優しいテクノロジーを「マッチメイキング」したプロジェクトの 2 件は、農業関連の環境に優しいテクノロジーイノベーションを促進することを目指すものです。「加速」プロジェクトとも呼ばれているこれらの取り組みは、環境に優しいテクノロジーを提供する側と求める側を繋げ、環境に優しいテクノロジーの状況に関する関連知識を生成し、様々な主要な利害関係者へのゲートウェイとして機能することを可能にします。
環境課題に対処するための気候変動にスマートに対応するアプローチの大きな可能性を考慮して、2019 年、 WIPO GREEN はパートナーたちと共に、地域の課題を調査し、気候変動にスマートに対応するソリューションを適用する潜在的な機会を特定するための加速プロジェクトを中南米で展開し始めました。例として、チリでのワイン生産、アルゼンチンとブラジルでの農業と土地管理の実践があります。
持続可能な農業 - チリのワイン生産者の課題
ビデオ:チリ産ワイン生産者で2019年加速プロジェクトの参加者のMaría Luz Marin氏、同氏のワイン醸造所に必要な持続可能で環境に優しいテクノロジーについて。
イノベーションの観点、そして国民意識の観点から、気候変動、食料安全保障、そして、世界の健康を結びつけることには、大きな力と可能性があります。
気候変動と知的財産
気候変動に関するパリ協定(第10 条)で確認されているように、イノベーションは気候変動への取り組みにおいて中心的な役割を果たし、「イノベーションを加速し、奨励し、可能にすることは、気候変動と経済成長および持続可能な開発の推進に対する効果的かつ長期的な世界的取り組みに不可欠です。」
知的財産制度はイノベーションを促進するだけでなく、気候に優しいテクノロジーを含む技術の移転と普及も促進します。知的財産権は、新しいソリューションを開発するための経済的なインセンティブを提供する一方で、例えば、ライセンス契約や合弁企業などを通じて、最も必要な場所にイノベーションを普及させるのにも役立ちます。
国連の持続可能な開発目標を見ると、達成するためには、その目標の半分以上は環境に優しいテクノロジーソリューションが必要です。それは喜ばしいことですが、同時に、環境にやさしいに優しいソリューションの開発と使用の緊急性も強調しています。
気候に優しいイノベーションのグローバルネットワーク
2013 年の発足以来、 WIPO GREEN は気候変動の緩和と適応に取り組む国際的な関係者の幅広いネットワークを確立してきました。この分野横断的な パートナーグループには、現在、100 を超える国際機関、知財庁、業界団体、企業団体、多国籍企業、政府機関、金融機関、大学、研究センターが参加しています。各パートナーは、特定の専門知識に応じて異なる役割を果たします。たとえば、「データベースパートナー」はデータベースにテクノロジーを追加します。 WIPO GREEN はまた、政策、研究とコミュニケーション、技術支援と資金調達に関するパートナーシップも確立してきました。それぞれのパートナーシップは、より環境に優しい世界経済への移行を加速するという WIPO GREEN のミッションに重要な貢献をしています。
環境に優しいイノベーションを地域的に加速する
2015 年以降、 WIPO GREEN は、特定の分野内でイノベーションとテクノロジーの普及を現地で促進するために、様々な地域加速プロジェクトを運営してきました。これらには、インドネシア、フィリピン、ベトナムでの廃水処理プロジェクト、エチオピア、ケニア、タンザニアでの農業と水管理プロジェクト、水管理に関するスイスでの国際イベント、カンボジア、インドネシア、フィリピンのエネルギー、きれいな空気、水、農業に取り組むプロジェクトが含まれます。
2019 年に開始された最新のプロジェクトでは、 上記の中南米における気候変動対応型農業の課題と機会を模索しています。このプロジェクトでは、チリのワイン生産、ブラジルのゼロ耕起または保全農業、アルゼンチンの強化された輪作、土壌の再炭素化と炭素隔離、不耕起と森林管理の3 つの分野に焦点を当てています。
アルゼンチン、ブラジル、チリの知財庁を含む複数のパートナーが実施した調査により、3 か国で 40 件以上の環境に優しいテクノロジーとニーズが特定されました。 プロジェクトの第 2 段階では、 WIPO GREEN は、地域の環境に優しいテクノロジーを生み出す側と求める側の間の具体的な繋がりを促進しています。
具体的な影響
テクノロジーを提供する側と求める側の間で様々な新しいコラボレーションが行われており、WIPO GREEN の加速プロジェクトのプラスの影響を実証しています。例えば、 2018 年、東南アジアの WIPO GREEN 加速プロジェクトを通じて、インドネシアのバリ島にあるグリーンスクールは、 Zero Mass Water (米国)と繋がりました。その結果、グリーンスクールのバリ校では、 Zero Mass Water のソース・ハイドロパネルを使用して生徒に清潔な飲料水を定期的に提供できるようになりました。
グリーンスクールの目標は、持続可能な教育環境を作ることです。同スクールは、学校の電力需要の85 パーセントを供給する再生可能エネルギー源、水ろ過システム、廃棄物管理センター、堆肥化ステーション、アクアポニックス、バイオディーゼルバスなど、様々なクリーンテクノロジーを日常業務に導入しています。
2018 年、グリーンスクールのイノベーションハブは、特に乾季に、キャンパスで必要な飲料水を生成するためのメンテナンスが簡単な手段を模索していました。同年 6 月に、学校のスタッフは WIPO GREEN のグリーンテクノロジーマッチメイキングイベント(東南アジアの加速プロジェクトの一部)に参加し、 Zero Mass Water と同社の太陽エネルギーを使用して空気から水分を抽出し、飲料水を生成するソース・ハイドロパネルに出会いました。
グリーンスクールのイノベーションハブプロジェクトマネージャーであるBaxter Smith 氏は、次のように述べています。「協力するのに適切な会社を見つけることは必ずしも容易ではありません。新しいテクノロジーの導入を決定するときに、私たちの仕事の分野、地域の地理的条件や気候条件、これらのすべてについて考察しなければなりません。そのため、マニラで行われた WIPO GREEN マッチメイキングイベントについて知ったとき、特にこの地域で活動しているイノベーターと個人的な繋がりを築くことができる素晴らしい機会を得ることができたように思えました。」
このようなコラボレーションは、WIPO GREEN 加速プロジェクト以外に、 WIPO GREEN データベースを通じても実現可能です。 WIPO GREEN データベースでは、世界各地からの登録ユーザーが互いに直接連絡し、直面している気候関連の課題に対するソリューションを見つけることを可能にするパートナーシップの構築を開始できます。
今後の道のり
全てのWIPO GREEN の資産(データベース、ネットワーク、加速プロジェクト)は、環境に優しい未来への道のりをサポートする実用的なツールです。 WIPO GREEN は、最初の 5 年間で、データベースに記載されている環境に優しいテクノロジーの数を大幅に増やしました。今後は、環境に優しいテクノロジーを必要とする人々のニーズをどのように支援できるかについて、理解を深めることを目指しています。この目的のために、 WIPO GREEN チームは、データベースの機能を拡張し、関連する有用な環境に優しいビジネスインテリジェンスを WIPO GREEN ユーザーに提供できるよう取り組んでいます。
世界は、これまでとは違う方法で物事を行い、環境に優しい未来へと向かう必要性が差し迫っていることについて、日々認識を高めています。個人として、組織として、そして体系的なレベルにおいて、あらゆるレベルでの取り組みが必要です。WIPO および WIPO GREEN チームにとって、今日、世界が直面している多種多様な環境問題に実用的で実行可能な貢献をすることが私たちの目標であり、義務でもあります。今年の世界知的財産の日 - 環境に優しい未来のための革新 - を一緒に祝し、低炭素な未来への私たちの道のりを是非サポートしてください。
WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。