地理的表示(GI)で環境の持続可能性を支援する:マッド・デ・カサマンスの事例
著者Pape-Tahirou Kanouté(ETDS 農業エコノミスト、ジガンショール(セネガル))、Michele Evangelista(WIPOリスボン登録部)
進行中の気候危機の中で、自然環境を保護する必要性は、ますます社会的関心を集めています。消費者、特に若者は、政府や民間企業が環境保護を支援する戦略や政策の採用に積極的に取り組むことを求めています。
これに加え、世界の人口は増加を続け、2050年までには約98億人に到達することが予想されています。こうした要因により、必要とされている食糧の量や質、農業や食糧生産システムの環境に与える影響に関する深刻な課題が生じています。しかし、これが地理的表示 ( Geographical indication, GI) として知られる知的財産権にどのような関係があるのでしょうか?
その答えは、特定の地理的地域に由来する高品質の製品、つまり特定の特徴や品質を与えたり、独自の評価を与えたりする製品は、高い市場性を持ち、世界中の何百万人もの生産者に価値を与えているという事実にあります。生産者たちは、そのような高品質の原産地由来の製品を地理的表示(GI )として保護し、商品化することが多いです。地理的表示( GI )とは、通常、製品が由来する地域名から構成される、またはそれを含むブランドの一種です。環境の持続可能性は地理的表示( GI )を取得するための前提条件ではありませんが、地理的表示( GI )のステータスを確保するプロセスは、環境の持続可能性の目標を推進するための有用な手段となり得ます。
マッド・デ・カサマンスのバリューチェーンの現地関係者は開始時から、果物が自生する環境を保護することの重大な重要性を認識していました。
地理的表示(GI):効果的な天然資源管理のためのインセンティブ
地理的表示(GI )は、特別な地理的地域を原産とする製品を識別するものです。その製品の品質、評判、または特性は、本質的にその地理的な起源に起因するものです。地理的表示( GI )でブランド化された製品とテロワール(生産された土地(自然と人的要因を含む))との強い繋がりは、生産者にとって、そのような製品を作り出す天然資源の品位を維持するためのインセンティブとなります。これが、 グラナ・パダーノ、スコッチウィスキー、バナノ・デ・コスタリカなどの定評ある地理的表示(GI )が、消費者や社会が大企業やブランドによる事業が自然環境に及ぼしてきた影響について疑問を持ち始めるずっと前から、「環境に優しい」政策を採用してきた理由を説明しています。
しかしながら、このような環境に対する意識は、確立された地理的表示(GI )に限定されるものではありません。果物のマッド・デ・カサマンスのような地理的表示( GI )保護の資格を得る可能性のある商品の生産者は、収穫作業および派生商品の生産を管理するために確立している規制や管理メカニズムに持続可能性に関する考察が確実に組み込まれるよう取り組んでいます。
マッド・デ・カサマンスについて
マッド(セネガル語でサバ)」は果物の野生種で、ブルキナファソ、セネガル、ギニア、ギニアビサウ、マリ、ガーナ、コートジボワールの森林地帯および特定のサバンナで主に発見される硬い黄色の皮のあるベリー類です。森で自生しており、森の木々の幹や枝に絡みつく巻きひげを持ったつる性の植物です。その黄色味がかった白、または緑味がかかった白い色の花は非常に香り高く、熟すとオレンジ色になる果実は、長さ10 センチメートル、幅 8 センチメートル以下の卵形で、果肉で覆われた種が沢山ついています。
また、果実は炭水化物、ビタミンA 、 K 、 C が豊富です。生のまま食べることができます。種には酸味があり、一般的に砂糖、塩、または胡椒で味付けするか、薬味として使用されます。果実はジュース、シロップ、ジャムを作るため使用されます。セネガルの南部、カサマンス地方で自生するマッド・デ・カサマンスは、その味と薬効により広く知られており、特にダカールのような都市部の女性たちによって商品化され、成功を収めてきました。この果物は、当該地域における代表的な地理的表示( GI )となり、そして自然の産物に対するアフリカで最初の地理的表示( GI )となる大きな可能性があります。
マッド・デ・カサマンスの地理的表示(GI)としての登録:道のり
マッド・デ・カサマンスの地理的表示(GI )としての登録は、アフリカ知的所有権機関( African Intellectual Property Organization、OAPI )、セネガル国家知財庁(セネガル産業財産およびイノベーション機関( Senegalese Agency of Industrial Property and Innovation、ASPIT ))による協力のもと、国際連合食糧農業機関( Food and Agriculture Organization 、FAO )および世界知的所有権機関( World Intellectual Property Organization 、 WIPO )主催による地域カンファレンスにて、 2017 年に開始しました。カンファレンス期間中に行われた会議で発表された研究 は、この果物を地理的表示(GI )として扱うことの可能性と現地生産者たちの地理的表示( GI )登録のプロセスへの関心のレベルを評価しました。また、その研究は、マッドとその派生製品の評判と特有性を認めました。そして、生産地域の地理的な境界線を定義し、地理的表示( GI )によって特定された果物や派生製品のトレーサビリティを確立する必要性があることなど、地理的表示( GI )登録を支援する上での重要な要素があることも明らかとなりました。
現地の生産者は、マッドの保護に対する決意を固め、2019 年、農業・農村 コンサルティングの国家機関( National Agency for Agricultural and Rural consulting 、 ANCAR )、 ASPIT 、 FAO 、 OAPI 、 WIPO による支援のもと、マッド・デ・カサマンスを地理的表示( GI )として開発および登録するためのパイロット・プロジェクトを正式に開始しました。また、このプロジェクトは、 2022 年までにセネガルを発展的で競争力のある持続可能な開発地域に編成するという、セネガルの地方分権法Ⅲ( Decentralization Act III)の目的に沿って、カサマンス地域の開発を支援する可能性も秘めています。
コミュニティの組織:数の強さ
プロセスの開始時より、セネガルの非政府組織である経済圏開発組合(Economie Territoires et Développement Services、ETDS )のような現地の関係者は、地域で収穫されるマッドから派生する商品に価値を与えることに当初から興味を持っていた現地の生産者(ほとんどが女性)と協力してきました。
ETDS の最初の業務は、(登録後に地理的表示( GI )を管理する責任がある)現地の生産者を支援して、地理的表示( GI )を管理する正式な協会を設立することでした。こうした取り組みは、 2019 年 11 月の 地理的表示( GI )マッド・デ・カサマンスの保護および促進協会( Association pour la Protection et la Promotion de l ’ IndicationGéographiqueMadd de Casamance 、 APPIGMAC )の立ち上げで最高潮の立ち上げに結実しました。協会の目的は、当該地域からのマッドの収穫、生産、流通に携わるすべての人々をまとめることであり、マッド・デ・カサマンスとその関連製品の保護と普及に責任を持っています。
地元の生産者をまとめてAPPIGMAC を確立することで、彼らはアイデアを交換し、知的財産バリューチェーンの管理に関する共通の戦略について合意することができます。例えば、マッドが明確な条件下で収穫され、特定の必要基準を満たしていることを確認するための品質保証スキームを開発し、導入することが可能になります。また、 APPIGMAC は、独自の製品の価値と販売を後押しするための新しい市場とスキームの特定にも取り組んでいます。
生産者が採用する環境的持続可能性
マッド・デ・カサマンスが生育する環境を保護することが極めて重要であることを認識し、地元の生産者は地理的表示(GI )登録プロセスの開始時から、持続可能性の考慮事項にしたがって収穫と生産が管理されるように取り組んできました。それはなぜでしょう?なぜなら、カサマンス地方の森は人口増加、都市のスプロール現象、天然資源の自由な開発の脅威にさらされているからです。森林の乱開発、火災、干ばつ、過放牧は洪水や侵食のリスクを高め、多くの動物種の絶滅を引き起こし、マッド・デ・カサマンスの生産を真の脅威にさらしています。
これに関して、現地の収穫者たちやマッド・デ・カサマンスのバリューチェーンの製造加工業者たちは、本来の森のエコシステムを保全、維持するための明確な森林開発の方法について合意しました。これらのベストプラクティスは、天然資源開発とマッドが自生する森の再生の必要性のバランスをとり、各生産者が登録後に製品に地理的表示(GI )ラベルを付けることを希望する場合に尊重しなければならない必須要件(規格書)の一部を構成しています。協会は 2020 年の終わりまでに登録プロセスを完了することを望んでいます。
地域的表示(GI)には、個々の企業では達成するのが困難な環境的に持続可能な実践を規模拡大する取り組みをサポートする可能性があります。
ETDS は、このアプローチからもたらされた前向きな成果に支えられて、地域社会と協力して、他の多くのコミュニティベースの森林管理メカニズムを強化しています。例えば、 2019 年には、より良い森林管理を促進するためのボランティアの取り組みのおかげで、ウスイ地区(カサマンス地方)は、セネガルで森林火災を記録しなかった唯一の管轄となりました。
マッド・デ・カサマンスの管理における経験は、他のコミュニティに積極的な環境行動を起こすきっかけにもなっています。例えば、ビニョナ県のティオボン村周辺に暮らすダブレの住民は、委員会を設置し、野生の果物の一種で現地の経済にとって重要なリソースであるディター(デタリウム・セネガレーゼ)に関して、完熟したものを週末にのみ収穫することで合意しました。これらの規則に違反する者は、森へのアクセスを禁じられ、収穫した果物は没収されます。コミュニティはまた、森林を監督し、規則が正しく適用されるようにするために若者を雇用しています。同様に、ETDS の支援と共に、現地の様々な団体がサンディアンの村の周辺地域にある森を再生するために取り組んでいます。
ETDS は、この地域の他の森林再生活動を支援するために、新しいパートナーシップを模索しています。
地理的表示(GI)による持続可能性の支援および コミュニティの強化
マッド・デ・カサマンスは、持続可能性の環境、社会、経済面での持続可能性と、環境に優しい未来への移行を地理的表示(GI )がどのように支援できるかを示す興味深い例です。集団的な取り組みとして、地理的表示( GI )には個々の企業では達成するのが困難であるかもしれない環境的に持続可能な実践をスケールアップする取り組みをサポートする可能性があります。
さらに、地理的表示(GI )バリューチェーンの経済主体である、生産者、製造加工業者、販売業者は、これまで生産や製品品質監査のような独立した監査を受けることに慣れています。他の多くの製品とは違い、地理的表示( GI )で保護された製品は、その品質が消費者に確実に届けられるように、定期的な管理の対象となります。そのため、地理的表示( GI )認証製品を持続可能性の監査に適合させることは比較的容易であると考えらえます。
特定の地域を原産地とする高品質の商品の評判や特性を維持するために、生産者は、特に自然農産物や食料品に関して、製品の品質を形成する資源を効果的に管理する重要性を認識する必要があります。これは環境に対する単なる道徳的義務ではなく、経済的な自己利益の問題です。これらの製品の持続可能な生産、そしてそれらの生産を担うコミュニティの社会的・経済的な幸福は、効果的で持続可能な土地および天然資源管理の実践にかかっています。
地域社会にとって貴重な栄養源でもあるマッド・デ・カサマンスの場合、地理的表示(GI )のステータスの確保は、地域社会の環境目標をサポートするだけでなく、若者や女性のエンパワーメントを活性化させることにもなります。
例えば、若者は一般的にマッドの収穫を担当しています。彼らはその収入を学業のための資金に充てています。女性は、マッドから作られるジュース、シロップ、保存料を加工して販売したり、製品の評判を高めたり、バリューチェーンを確立したりする上で重要な役割を果たしています。実際、マッド・デ・カサマンスの地理的表示(GI )認証取得に関して最初に行動を起こしたのは女性たちでした。
地理的表示(GI )認証は、バリューチェーンに沿った多くの関係者が関与する集合的な取り組みであり、コミュニティ全体が同じ目標に向かって努力していれば、その目標を達成するための集団行動の影響はより大きくなります。
マッド・デ・カサマンス、そして実際に他の様々な地理的表示(GI )保護製品の場合、環境の持続可能性が共通の目標として識別されると、地理的表示( GI )のステータスを確保するために必要なコミュニティ組織は、持続可能性に関する課題や現代の環境問題に対応する強力な手段となり得ることがわかります。
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