グローバル・イノベーション・インデックス 2020:誰がイノベーションに融資するのか?
Catherine Jewell(WIPO出版部)
スイスのジュネーブで9月上旬に発表されたグローバル・イノベーション・インデックス(GII)2020年版では、イノベーションパフォーマンスに基づく各国の最新グローバルランキングを紹介しています。今回、GII第13版では、国家の社会的および経済的開発目標をサポートするイノベーションを促進する方法に関して、政策立案者の理解を促しています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって引き起こされた経済的混乱の中で、GII2020年版は、誰がイノベーションに資金を提供するのかという問いを提示しています。WIPOのシニアエコノミストであり、WIPO GII2020の共同編集者であるSacha Wunsch-Vincent氏がレポートの主な調査結果について解説します。
GII 2020ランキングでは何が明らかになりましたか?
スイス、スウェーデン、米国は引き続きイノベーションランキングをリードしています 。大韓民国(第10位)は、初めて上位10か国のグループに入りました。中国(第14位)は、GIIの上位30か国に入った唯一の中所得国であり、アラブ首長国連邦(第34位)が今年初めて上位35位にランクインしました。同様に、インド(第48位)とフィリピン(第50位)は、初めて上位50か国に入りました。フィリピンのランキングにおける継続的な上昇は、2014年以来、順位を50位上げたことで注目に値します。
中国、フィリピン、インド、ベトナムは、この7年間でランキングに関して最も重要な進歩を遂げました。
地域のイノベーション格差は依然として存在していますが、幅広い指標で構成されるGII 2020では、多くの新興経済国による強力なイノベーションパフォーマンスを指摘しています。たとえば、タイとマレーシアは、ビジネス研究開発とハイテク(純)輸出で、それぞれ第1位になりました。ボツワナとモザンビークは、それぞれ教育支出とイノベーション投資の採点表でトップの成績を収めています。そして、メキシコは世界の貿易総額と比較して創作物の最大輸出国として台頭しています。
危機がイノベーションに与える影響は、復旧のシナリオ、現行の事業やイノベーションの実践内容や方針によって異なります。
さらに、現在の開発レベルに基づいた予測よりもイノベーションに関して優れたパフォーマンスを示した25の経済圏のうち、8つはサハラ以南のアフリカ地域に属しています。興味深いことに、インド、ケニア、モルドバ、ベトナムは、10年連続でこの「イノベーションアチーバー」のグループに入っています。
GII 2020はまた、科学技術クラスターに関して、イノベーションが特定の高所得国と中国に集中していることを明らかにしています。東京-横浜(日本)は引き続きトップパフォーマンスのクラスターであり、それに深セン-香港-広州(中国)、ソウル(韓国)、北京(中国)、サンノゼ-サンフランシスコ(米国)が続きます。
今年のGIIでイノベーションの資金調達に焦点を当てているのはなぜですか?
持続可能な資金源へのアクセスを確保することは、世界中のイノベーターが常に直面している課題であり、現在の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、特に困難になっています。資金調達は、製品、サービス、テクノロジーの概念化から商品化に至るまで、イノベーションサイクルのあらゆる段階で一定の役割を担います。
パンデミックが発生する前は、政府系投資ファンドや非営利団体などの新しい当事者がイノベーションファイナンスの舞台に参入していました。公的なスキームがイノベーション資金調達に不可欠な手段であり続ける一方で、知的財産マーケットプレイス、クラウドファンディング、フィンテックソリューションなどのさまざまな新しい資金調達メカニズムが出現し始めていました。現在の危機によりこれらの発展にブレーキがかかっていますが、これらが消滅する可能性は低いため、綿密に調査する価値があります。
世界の上位研究開発支出者に占める研究開発支出セクターの上位(2018〜2019年)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機はイノベーションにどのような影響を及ぼしましたか?
イノベーションへの影響を理解するには、最初に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の危機が発生した状況を検討することが重要です。GII 2019は、グローバルイノベーションの見通しについて非常に前向きなメッセージを提示していました。
過去10年間で、世界のイノベーション支出の平均成長率は、2009年の世界金融危機から完全には回復していない世界経済を上回るペースで成長していました。ベンチャーキャピタルは史上最高の水準に達し、世界の知的財産出願数は年を追うごとに記録を更新していました。さらに、世界中で、国の社会的および経済的開発目標をサポートするイノベーションを促進しようとする政治的な強い決意が生まれていました。世界的なイノベーションに対する活動状況は盛り上がっていました。その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界を震撼させました。
ベンチャーキャピタルやその他のイノベーションファイナンス、特に研究に長期間を費やす企業の資金源が不足する可能性があります。このような衰退は、主要な画期的イノベーションの将来的発展に悪影響を与えるリスクとなります。
経済学の文献によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機の結果として、イノベーションに強い悪影響が及ぶことが予想されています。歴史的に、パンデミックの後は、イノベーションへの投資が低迷し続けてきました。2009年の世界金融危機など、過去の景気後退と同様に、研究開発やその他のイノベーション支出は2020年に減少する可能性があります。
ただし、危機がイノベーションに与える影響は、復旧のシナリオ、現行の事業やイノベーションの実践内容や方針によって異なります。過去の危機はさまざまなセクターや国にさまざまな形で影響を及ぼしており、一部の人々はより高いレベルのイノベーションを経験してきました。これは今回も起こりえることです。実際に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はすでにイノベーションを促進しており、特に医療分野では、ワクチンやその他の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連の治療法や診断法を開発するための競争に前例のない金額が投資されています。
事業別の研究開発資金の現状は?
GII 2020は、研究開発(R&D)への支出が、世界の数千社の研究開発型の企業にかなり集中していることを示しています。これらの企業の多くはイノベーションを事業戦略の中心としています。
どのセクターが危機に対してより回復力があると思いますか?
進行中のデジタル化に支えられているICT(情報通信技術)およびソフトウェアセクターでは、収益の回復と研究開発の成長が期待されます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の効果的な治療をめぐる競争では、製薬会社やバイオテクノロジー会社も現在の状況で堅調な業績を享受する可能性があります。同じことが代替エネルギー部門にも当てはまります。
楽観主義者たちは、これらの研究開発集約型セクターが急速に起きている中長期的研究開発不況を回避するのに役立つと予想しています。企業の中でも、特に家庭用品(小売および卸売)、旅行およびレジャー(レストランを含む)、クリエイティブセクターの専門家(コンサート会場やアーティストを含む)に関連する企業は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連の経済的ロックダウンによって最も大きな打撃を受けていますが、正式なイノベーション支出に関していうのであれば、通常は、それらの企業は多額の支出を行う者には該当していません。
各セクターにおける上位研究開発支出企業(2018〜2019年)
イノベーションファイナンスに対してどのような影響が予想されますか?
2009年の世界的な経済危機とは対照的に、現在の状況が金融または銀行セクターの危機によって引き起こされたものではないということが良いニュースです。悪いニュースは、企業の中でも、特に新興企業が依存しているベンチャーキャピタルの指標が、革新的なベンチャー起業に提供するための資金の枯渇を示しているということです。
予備的証拠は、リスク回避のレベルが高まっていることが、若い企業の資本へのアクセスを制限していることを示唆しています。実際に、ベンチャーキャピタルやその他のイノベーションファイナンス、特に研究に長期間を費やす企業の資金源が不足する可能性があります。このような衰退は、主要な画期的イノベーションの将来的発展に悪影響を与えるリスクとなります。
同時に、ベンチャーキャピタルにとって魅力的な米国や中国などの主要高所得経済圏や急成長している新興経済圏は、急速に回復する可能性があります。イノベーションへの強い意欲と、利益を求めて資本を提供したいという欲求は依然としてあります。たとえば、中国のベンチャーキャピタル取引は、パンデミックの影響で今年の初めには約半分に縮小しましたが、すでに力強く回復し、オンライン教育、ビッグデータ、ソフトウェア、ロボット工学の分野でイノベーションを促進しています。
投資を刺激し、将来の成長の源泉を解き放ち、より長期的な目標の追求を促進する政策措置は、今後非常に重要になるでしょう。
現在の危機がイノベーションに与える影響を緩和するために、政策立案者は何をしていますか?
高中所得国のほとんどの政府は、国家経済に対する短・中期的な危機を防ぐために、ロックダウンと迫り来る不況の影響を緩和するための緊急救済策を策定しています。これまでのところ、推定9兆米ドルがこの目的に割り当てられています。
ただし、一般的に、これらの措置は、まだイノベーションやスタートアップ企業への資金提供に向けられたものではありません。実際に、多くのスタートアップ企業には、利用可能なスキームにアクセスする資格がなく、資格がある場合でも、アクセスするのが困難な状況にあります。しかし、ヨーロッパを中心とした一握りの国は、スタートアップ企業を支援するために特別な基金を設立しています。たとえばフランスは、新興企業が直面しているイノベーションファイナンスのギャップを埋めるために8000万ユーロを確保しました。同様に、スイスは、パンデミック関連のキャッシュフロー問題に直面しているスタートアップ企業に1億5400万スイスフランの融資を準備しました。
長期的には、政府は何に焦点を当てるべきでしょうか?
ロックダウンの最悪のシナリオが回避された後、たとえ公的債務の増加に直面したとしても、政府による前向きなイノベーション戦略の採用が重要になるでしょう。イノベーション支出の減少を逆転させることができなければ、長期的な成長の機会を減らすことになります。
2009年の世界的な経済危機の余波で、政府はイノベーションとイノベーション資金調達を刺激するための措置を含む成長促進政策を実施し、その結果、さらに強く回復しました。一部の国はすでに焦点を「封じ込め」から「回復」に移行しています。たとえば、米国と中国は、インフラの構築とイノベーションの促進を刺激するために、さらに多額の資金を投資することを検討しています。
ロックダウンの最悪のシナリオが回避された後、たとえ公的債務の増加に直面したとしても、政府による前向きなイノベーション戦略の採用が重要になるでしょう。
投資を刺激し、将来の成長の源泉を解き放ち、より長期的な目標の追求を促進する政策措置は、今後非常に重要になるでしょう。また、パンデミックの経済的落ち込みの影響はセクターや国によってばらつきがあるため、これらの影響をよりよく理解するには、証拠に基づく政策立案がさらに重要になります。
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