スコルコヴォ財団:ロシア連邦におけるイノベーションと起業家精神の促進
By Igor Drozdov, (スコルコヴォ財団会長、モスクワ、ロシア連邦)
スコルコヴォ・イノベーション・センターは、持続可能なイノベーションエコシステムを構築し、ロシア連邦国内外の先端技術の開発と商業化を支援する起業家精神の文化を育むことを目的とした画期的な取り組みで、今年で設立10周年を迎えました。
同じく2010年に設立されたスコルコヴォ財団の監督の下、スコルコヴォにある、イノベーションの目的のために設けられたハイテクイノベーションエリアは、国家の主要なイノベーションのハブとなっています。その完全に統合された活気に満ちたイノベーションエコシステムは、情報技術、生物医学、エネルギー、原子力技術、宇宙技術の分野でイノベーションと起業家精神を支援するためのさまざまな施設とサービスで構成されています。
ヨーロッパ最大のテクノパークが拡大へ
スコルコヴォのテクノパークはヨーロッパ最大の規模を誇っています。約10万平方メートルの敷地には、コワーキング用にアレンジされたスペースを含む近代的なオフィススペースのほか、新しい技術開発のラピッドプロトタイピングやテストを行うための設備が備わった研究所を入居企業に提供しています。
建設から1年余りで、テクノパークはスタートアップ起業で埋め尽くされました。現在、民間の宇宙旅行ベンチャーから精密農業やデジタル医療に至るまで、幅広い技術分野で活動する400社以上の企業が参加しています。
需要に応じて、テクノパークの敷地を拡張する計画が検討されています。スタートアップ企業が利用できるスペースは、5年以内に実質的に2倍になります。重要なのは、スコルコヴォの施設の恩恵を受けたいと考える企業が、テクノパーク内に物理的な拠点を置く必要がないということです。研究チームは、スコルコヴォのウェブサイトから申請書と研究プロジェクトの概要を提出するだけです。研究プロジェクトが当該研究分野の専門知識を持つ独立した専門家パネルによって承認されると、企業はスコルコヴォの入居企業としての資格を獲得できます。このようにして、ロシア連邦で働きたい、ロシアの法律の下で事業を立ち上げたいという国際的な企業チームは、スコルコヴォ・イノベーション・センターへの入居を申請することができます。
スコルコヴォ財団は、毎日約10件の入居申請を受理しています。すべての申請が審査を通過するわけではありませんが、平均して、毎年500の新たな企業がスコルコヴォ・イノベーション・センターに入居しています。現在、国内のほぼすべての地域に所在する外国企業の子会社を含む2,500社近くの企業が、スコルコヴォの入居資格を保持しています。
スコルコヴォ・テクノパークの入居企業は、収益と企業の成長の両面で大きなメリットを享受しています。たとえば、2019年には、スコルコヴォ・テクノパークの入居企業の総収益は15億米ドルを超え、前年比で40%以上増加しました。
活況を呈する医療技術
スコルコヴォの入居資格を持つ多くの企業が、自身の専門とする技術分野で世界的なリーダーになっています。特に活発な活動分野である医療バイオテクノロジーは、特許権の需要が最も高い分野であり続けています。分子に関する特許の価値は数千万ドルに達する場合があります。2019年には、ロシア連邦国外の知財庁によって付与された100件を超える特許(出願件数の半分以上)が、医療技術ソリューション分野のスコルコヴォ入居企業に付与されました。
イノベーティブな医療技術企業の例として、これまで治療できなかったD型肝炎の治療薬を世界で初めて開発したHepateraなどがあります。同社の医薬品であるMyrcludexは、2019年後半にロシア連邦で、2020年に欧州連合で登録され、米国食品医薬品局(United States Food and Drug Administration 、USFDA)によって「画期的治療薬」に指定されました。
同様に、バイオテクノロジー企業のViriomは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の患者を治療するための薬を開発しました。この薬は2017年にロシアで登録されました。同社は現在、投与頻度を減らすことを目的として、この薬の処方の改善に取り組んでいます。2022年までに新しい薬が完成する予定です。
その他の高度技術に関する専門知識
スコルコヴォのスタートアップ企業は、他の技術分野でも成功を収めています。たとえば、イノベーティブな音声合成や認識技術システムの世界有数の開発者であるCRT‑Innovationsを例にとってみましょう。 同社の技術は75か国で使用されています。メキシコ政府との契約に基づき、CRT-Innovationsは世界初の全国規模の音声識別システムを構築しました。
同様に、T8の量子通信の専門家は、光通信ネットワーク用の通信機器を開発しています。T8は、その経済的および技術的特徴の面では、ファーウェイやノキアなどのグローバルリーダーに匹敵します。ロシア市場における同社のシェアは現在約20%です。
宇宙技術の分野では、Sputnixが超小型衛星を軌道に乗せたロシア初の民間企業となり、チュニジアとサウジアラビアの企業に代わって、2020年に7つの超小型衛星を打ち上げる計画を立てています。
また、積層造形の分野では、AMTが建設用3Dプリントの世界的リーダーとして活躍しています。同社が開発したプリンターは、この技術を使用して、ヨーロッパ最大の3Dプリントによる住居ビル(ロシアの都市ヤロスラヴリにある本格的な住宅)を建設しました。
これらは、スコルコヴォから生まれたスタートアップ企業による数多くの画期的な成果のほんの一例にすぎません。そのうち約250社がすでに海外市場に進出しています。
スコルコヴォが知的財産文化の構築を前進させる
原則として、国内外を問わず、企業が新たな市場に参入する際に、投資家を惹きつけ、売り上げを伸ばし、事業が成長できるようにするためには、特許での保護が鍵となります。
しかし残念ながら、ロシアの企業が、ロシア連邦以外の市場で特許保護を確保するという点については、その実現はまだ先になるでしょう。2019年のデータによると、世界知的所有権機関(WIPO)が管理する特許協力条約(PCT)に基づく国際出願に関して、ロシア連邦からの出願はわずか1,102件でした。このうち、159件の国際出願(14.5%)は、スコルコヴォのエコシステムに関連する企業が行ったものです。2019年に、スコルコヴォのスタートアップ企業は205件の外国特許を取得し、そのうち35%は西ヨーロッパ諸国と米国の特許庁から付与されました。これはかなり良い成果だと言えます。
スコルコヴォのスタートアップ企業によって開発された技術の多くは、すでに大量生産されており、ロシアの市場リーダーとなっています。
産業パートナーとの協力
一般的に、主要な産業パートナーとの協力は、スタートアップ企業の成功にとって重要な要素となります。そのため、スコルコヴォ財団は、スコルコヴォのスタートアップ企業と主要企業との連携を促進し、スタートアップ企業が彼らの技術を向上することができるよう支援しています。スタートアップ企業の技術が経済や日常生活に大きな影響を与えるには、現実的にはこの方法しかないので、この支援は当財団の活動における重要な分野です。
スコルコヴォのスタートアップ企業によって開発された技術の多くは、すでに大量生産されており、彼らは特に、産業用IoT、銀行のセキュリティやリモートバンキング、廃棄物処理とリサイクルの分野でロシアの市場リーダーとなっています。
国際的な大手企業がスコルコヴォのイノベーションシーンに参加
多くの大手企業も、スコルコヴォ・イノベーション・センターの敷地内に独自の研究センターを開設しています。このような企業には、ボーイング、エネル、ファーウェイ、ヒュンダイ、コーニンクレッカフィリップス、ノキア、オレンジビジネスサービス、パナソニック、シンジェンタ、Telnetなどが含まれます。これらの研究センターは、魅力的な環境と知的資本の集中を促進することで、スコルコヴォでの革新的な活動を充実させています。これは、科学研究とビジネスのコラボレーションが軌道に乗るための条件を作り出す上で重要な要素です。
Skoltech:科学、技術、起業家精神の促進
スコルコヴォ・キャンパスには、スコルコヴォ科学技術研究所(Skolkovo Institute of Science and Technology 、Skoltech)もあります。 Skoltechは設立されて10年足らずであり、さまざまな修士号やその他の大学院プログラムを提供してきました。
Skoltechは設立当初から、教育、科学、起業家活動を一つ屋根の下にもたらしてきました。Skoltechでの授業は英語のみで行われ、現在は世界中の優秀な学生がここで無料で学ぶことができます。
現在、約1,100人の学生がSkoltechに在籍しています。留学生は学生人口の20%以上を占めています。Skoltechの学生の大多数は、科学技術の起業家精神に人生を捧げることを決意した賢明な若者です。登録されている学生の約40%が大学院に進学しています。
また、Skoltechは200人近くの教授も雇用しており、そのうちの約30%は外国人です。さらに30%は、10年または20年海外で過ごしたロシア人で、ロシアで、とりわけSkoltechで働くために戻ってきた人です。
Skoltechは、20以上の科学センターと研究所を擁しています。教育プログラムに従事する研究所の教授と学生は皆これらのセンターの従業員でもあります。センターの多くが産業界と提携しており、ファーウェイやエリコンなどの外国企業と共同で多くの工業研究所を設立しています。
科学的知識の商業化:優先事項
科学的知識を商業化するための効果的なシステムを構築することも、Skoltechの教授と学生にとっての優先事項です。Skoltechから派生した約70社が、スコルコヴォのテクノパークに参加しています。
過去2年間で、スコルコヴォのスタートアップ企業は、全体として年間約2億米ドルの投資を回収してきました。
昨年、Skoltechは、ロシア連邦で唯一、Nature Index2019の若い大学(young universities)トップ100に選ばれた大学でした。Skoltechは、教授1人あたりの文献の出版数に関して、Nature Index2019のランキングで上位3つの新興大学である南京工業大学(中国)、香港科技大学(香港科技大学)、韓国科学技術院(大韓民国)と肩を並べています。
投資へのアクセスの促進
投資家は、スコルコヴォ・イノベーション・キャンパスのもう一つの優先事項です。ロシア連邦のハイテクスタートアップ企業に資金を投入する投資家の意欲は依然として低いです。しかし、過去2年間で、スコルコヴォのスタートアップ企業は、全体として年間約2億米ドルの投資を回収してきました。
投資傾向は前向きな動きを見せていますが、スコルコヴォ財団はまだ改善の余地が大きいことを認識しています。そのため、当財団はベンチャーキャピタルファンドやエンジェル投資家(business angels)と積極的に協力して、スコルコヴォのスタートアップ企業の投資環境を強化しています。当財団はまた、スコルコヴォのスタートアップ企業の開発を支援するために、メンタリングやその他のビジネスインキュベーションサービスを提供し、これらの企業がロシアや海外の投資家に効果的に仕事を売り込むことができるようにしています。
知的財産とスコルコヴォの知的財産センター
新たな技術の出現は、必然的に知的財産に関連する問題を提起します。第一に、特許を含む知的財産権でこれらの新たな技術を保護するという問題、第二に、合併や買収に関する問題が挙げられます。これには通常、知的財産資産を含む貴重な事業資産の交換が伴います。
知的財産は、特に開発の初期段階では、スタートアップ企業にとって最も価値ある資産です。そのため、スタートアップ企業が事業開発の目標をサポートする効果的な知的財産戦略を確実に実施することが非常に重要です。知的財産に関連する問題について、スタートアップ企業に助言し、支援することが極めて重要であることを認識し、当財団の最初の行動の一つとして知的財産センターを設立しました。
私たちの野望は、スコルコヴォのモデルがロシア連邦全体、そして世界各地で再現し、キャンパスを世界中の才能ある人たちにとって魅力的な場所にすることです。
現在、この知的財産センターの特許サービスは、市況の下でスコルコヴォの参加企業が利用できるようになっていますが、関連費用の一部は、少なくとも部分的には、さまざまな助成プログラムを通じて回収される場合があります。
スコルコヴォ知的財産センターの弁理士の助けを借りて、スコルコヴォの入居企業が取得した特許は、ロシアのトップ100の発明に定期的に含まれており、国際展示会でも上位にランクされています。
スコルコヴォ知的財産センターは、ロシア連邦における特許サービスの大手プロバイダーの1つです。スコルコヴォの入居企業やスコルコヴォと関連のある企業に代わって、スコルコヴォ知的財産センターがPCTに基づいて申請した国際特許出願の数は、ロシア連邦からの出願人が提出した出願全体の約14.5%を占めています。
スコルコヴォ財団はWIPOと緊密に協力しています。実際、東ヨーロッパで唯一のWIPO外部事務所であるWIPOロシア事務所は、スコルコヴォ・イノベーション・センターの敷地内にあります。毎年、スコルコヴォとWIPOは、この地域で最大の知的財産に関する教育会議である知的財産アカデミーを共同開催し、ロシア全土および近隣諸国から1,000人を超える参加者を集めています。
将来に向けた国の知的財産法の形成
国家レベルでは、スコルコヴォ財団は知的財産法の改正案の起草と推進において重要な役割を果たしています。技術の発展は法改正のスピードを上回る速さで進んでいます。新しい現象に対しては、法律用語の明確化と、新しい社会関係およびビジネスモデルの規制が必要です。
これらの問題に対処するにあたり、スコルコヴォ財団は、コンピュータプログラムの登録と販売、知的財産権の共同所有者間の関係をより適切に規制しようとする法案への貢献に尽力してきました。また、ブロックチェーン技術を使用して知的財産権を登録および記録する可能性についても検討しています。当財団はまた、ドローン、遠隔医療などの実験的な法制度である規制のサンドボックスに関する法律の起草にも直接的に貢献しました。この法律はロシア議会で第一読会で採択され、近い将来、そのような実験的な法制度がスコルコヴォで確立されることが期待されています。
人工知能(AI)とビッグデータ
近年、情報技術分野における大きな技術的進歩により、人工知能(AI)技術とビッグデータ処理が知的財産政策や実務に与える影響について、国際レベルでも幅広い議論が行われています。スコルコヴォ財団は、WIPOおよび国際知的財産コミュニティと協力して、知的財産制度がデジタル環境におけるイノベーションと創造性を促進する効果的なインセンティブメカニズムとして機能し続けることを保証するためのベストプラクティスと共通のアプローチを開発する準備をしてきました。
スコルコヴォ知的財産センターの弁理士の助けを借りて、スコルコヴォの入居企業が取得した特許は、ロシアのトップ100の発明に定期的に含まれており、国際展示会でも上位にランクされています。
過去10年間で多くのことが達成されましたが、すべきことはまだたくさんあります。財団は、このダイナミックなイノベーションエコシステムをさらに強化するために、すでにスコルコヴォのキャンパスの大規模な拡張を実施しています。今後5〜7年間で、スコルコヴォの参加企業の数は4倍になると予想されています。また、ロシアの国営銀行および金融サービス会社であるSberbankと、ロシアが所有するテクノロジー会社であり、国内有数のウェブ検索エンジンであるYandexという2つの大手テクノロジー企業が、スコルコヴォに大規模なキャンパスを建設することが予定されています。
私たちの野望は、スコルコヴォのモデルをロシア連邦全体、そして世界各地で再現し、キャンパスを世界中の才能ある人たちにとって魅力的な場所にすることです。それが今後10年間の私たちの焦点となるでしょう。
WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。