知的財産の保護:中小企業の価値構築と成長
Julian Crump、 国際弁理士連盟(FICPI)会長
知的財産(IP)の保護は大企業のみが享受できるものであり、中小企業には適さないという神話があります。
大企業が知的財産に投資するのには、自社の製品やサービスを保護し、競争を抑制し、新たな収益源を確保するためという正当な理由がありますが、知的財産は間違いなく、中小企業にも利益をもたらします。
特許、商標、意匠を出願する中小企業は、出願していない企業と比べて、より急速に成長し、成功する可能性が高いという証拠があります。
実際に、特許、商標、意匠を出願している中小企業は、出願していない企業と比べて、より急速に成長し、成功する可能性が高いという証拠もあります。
動画: 知財実務の第一人者が中小企業にとって知財の活用がいかに重要であるかについてお話しします。
2019 EPO/EUIPO の調査 は、知的財産権を少なくとも1つ保有している中小企業は、成長期を迎える可能性が21%高いことが実証されています。一方、2021年に行われた同調査では、3つの主要な知的財産権(特許権、商標権、意匠権)のうち少なくとも一つを保有している中小企業は9%未満であることが分かりました。対照的に、大企業では60%弱でした。これにより、知的財産権という貴重なビジネスツールの使用について衝撃的な格差があることが明らかになりました。
中小企業が知的財産を保護することで得られる様々な形の価値
私はFICPIの現会長であると同時に、英国と欧州の公認弁理士資格を有し、英国のロンドン、バース、カーディフのほか、スペインに拠点を構える知的財産法律事務所Abel + Imrayのパートナーでもあります。知的財産の保護が事業の成功の鍵となっている中小企業の事例を探すために、私は同僚と一緒にクライアントのリストを見直しました。
その結果は、他の中小企業にとって参考になり、非常に勇気づけられるものでした。
- ライセンスやロイヤリティによる収入増:Acumen Design Associates社はIan Dryburgh氏が創業した企業で、航空機座席設計のリーディング・カンパニーです。数年前、プロジェクトの報酬に基づいて収益を得るコンサルタント・モデルから、独自の設計を開発して特許を取得するモデルへと移行しました。現在、同社の収益の大半は、保護された意匠のライセンス供与によるものであり、2016年には、ユナイテッド航空のビジネスクラスの座席に関する大型契約も締結しています。
- ベンチャーキャピタル(VC)からの資金提供:XYZ Reality Ltd社は、高精度で「エンジニアリング・グレード」の拡張現実(AR)ソリューションを提供することで数々の賞賛を受けています。この拡張現実ソリューションを用いることで、建築士の図面をもとに正確な建設が可能になり、従来起きていたような、図面と現実の不一致やに何らかの誤りによる罰則を回避することができます。この特許出願は、高度なエンジニアリングから拡張現実、物理学まで複数の分野にまたがる複雑なものでした。しかし、欧州特許庁(EPO)から肯定的な見解が得られ、同社はベンチャーキャピタルからの資金調達に成功しました。
知的財産が製品やサービスを保護する役割を果たすだけではなく、それ自体が貴重な資産であることを示しています。実際、企業にとって最も貴重な資産になる可能性もあります。
- 中小企業の買収先としての魅力を高める:Siltbuster Limited社は英国有数のオンサイト型水処理企業として知られており、英国女王賞・企業部門(Queen’s Award for Enterprise)の受賞歴もあります。同社の創業者であるRichard Coulton博士は、建設現場でコンクリート排水をより環境にやさしい方法で処理するというビジョンを描き、その画期的な技術で特許を取得しました。これが、同社の成功を支えた大きな要因となりました。この技術はWorkdry International社の目に留まり、同社は2018年にSiltbuster社とその知的財産を買収しました。
- 大学の研究チームから分社化した企業へ:NanoGenics Limited社は、英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London)で、siRNAを用いて細胞に核酸を導入する方法を研究していた研究プロジェクトから誕生した小さな企業です。NanoGenics社の設立から数年の年月と複数の研究サイクルを経て、同社は特定の遺伝子のみを標的にして癌と闘うLipTide®を開発し、関連する知的財産権を450万ポンド(約620万米ドル)で売却し、最先端の医療開発を商業化することに成功しました。
- 営業秘密の活用で競合他社に気付かれないようにする: Rheon Labs Ltd社は高負荷のスポーツをする際に着用する保護用のボディウェアを製造しています。同社は知的財産を戦略的かつ高度に活用しています。当初は、自社の知的財産の一部を保護するために営業秘密を利用し、競合他社の目に触れないようにしていました(18ヶ月後に自動的に公開される特許出願ではなく)。しかし、自社の領域に他社が参入し始めると、同社は特許取得に軸足を置くようになりました。これにより、同社の技術はパブリックドメインとなりましたが、その代わりに20年間の独占権が得られました。そのため、競合他社は自社の特許を取得したい場合は独自の新たな発明を行わなければなりません。
- 商業的パートナーシップを支える商標権:出願前の調査で商標使用を妨げるような第三者の権利が殆どなかったため、Rheon Labs社のRheon Labs®の商標は早期に登録されました。会社が成長し、他社との協働や商業的パートナーシップを結ぶ段階へ移行すると、秘密保持契約(NDA)や意匠が知的財産に追加されました。現在、Rheon Labs®は強力なブランド認知度を持ち、その名前の価値ある信用から利益を得ています。権利を登録することで、その価値を固定化し、所有権を明確にすることができ、パートナーとの共同ブランディングも容易になりました。例えば、同社はアメリカンフットボール用ヘルメットのトップメーカーであるXenith LLC社と共同ブランディングを行っています。Xenith LLC社の製品にはRheon Labs®の商標が付いており、Xenith LLC社のヘルメットの機能に加えて、衝突時の脳への衝撃を減らして脳損傷から守る効果が認められています。権利登録と完璧なライセンス契約がなければ、自社の商標を第三者が商品に使用し、それによって自社の商標を失う危険があります。商標は一度登録すれば、通常10年間は保護され、一般的な用語にならない限り、登録手続きを行うことで半永久的に更新できます。
- 価値ある知的財産を創出し、市場での可能性を示す:Ceres Power社は「deep technology」の特許を取得しました。この技術は、幅広くクリーン・エネルギーに応用可能で、同社にとって非常に価値ある資産になりました。しかし、Ceres Power社は最初の実証実験に失敗しており、商業化のスペシャリストであるIP Group Plc社の援助を受けていなければ、倒産していた可能性もあります。IP Group社は、大学の研究から生まれた知的財産を所有するアーリーステージの企業に対して、技術の実用化が可能となるように支援し、大企業からの共同投資や買収を目指します。IP Group社のRob Trezona博士は、「知的財産は賭け金と同じです。当社のポートフォリオに組み込んだ企業が知的財産権を保護していなければ、その会社は資金調達が不可能です。投資家は一つや二つではなく、複数の特許を保有している会社でなければ関心を示しません。」と言います。IP Group社がCeres社の再建を成功させたカギは、世界的な知的財産のポジションによって、垂直統合型の製造企業としてではなく、技術を共同開発したりライセンスしたりする技術のプロバイダーとして、より大きな価値を提供できると気づいたことにあります。Ceres社はBosch、斗山、Weichai Powerといった企業ともパートナー関係を結び、データセンターや分散型発電、大型車両向けの製品を開発し、ライセンス料やロイヤリティ収入を通じて価値を生み出しています。
これらの事例は、知的財産が製品やサービスを保護する役割を果たすだけではなく、それ自体が貴重な資産であることを示しています。実際、企業にとって最も貴重な資産になる可能性もあります。世界中の弁理士事務所の顧客の中からもこのような事例を無数に見つけることができるでしょう。
知的財産権は、無形資産の周りに保護膜を貼るような役割を果たします。そして、価値を固定し、ライセンス、プール化、証券化、買収などの形で取引可能なものにします。知的財産権がなければ、新製品や新しいプロセスを開発し、新しい製品アイデアを考案するために行った投資が危機にさらされます。まるで、せっかく美しい庭を造ったのにウサギ除けの柵を張り巡らせるのを忘れてしまうようなものです。
知的財産専門の弁理士の助けがなければ、中小企業は知財戦略の成功に不可欠な発明の新規性や幅広い実用性の重要なポイントを特定できず、出願プロセスで挫折してしまうかもしれません。
中小企業にとって、知的財案保護に取り組むことは不可能なことに思えるかもしれません。特許権、商標権、意匠権の取得手続きは複雑です。「自力で出願」する企業は比較的少なく、そのうち大半は出願を断念したり権利取得に失敗したりしています。
私は特許専門の弁理士なので、中小企業に対して独立した知的財産専門家が提供するサービスの深さやきめ細やかさを伝えていきたいという思いはあります。
知的財産権は、無形資産の周りに保護膜を貼るような役割を果たします。そして、価値を固定し、ライセンス、プール化、証券化、買収などの形で取引可能なものにします。
しかし、中小企業が知的財産権を保有している場合、そうでない企業と比べて相対的に業績が良いという明確な証拠があります。また、中小企業が自力で出願手続きをした場合に途中で挫折する事例があまりにも多いことからも、結論は明らかでしょう。
中小企業は、IP資産を保護することで知的財産の価値を固定し、イノベーションを核とした多様なビジネスモデルを支える無形資産を構築することで自社の成長を支え、加速すべきです。
独立系の知財弁理士は様々なクライアントへのアドバイスから得た幅広い経験を有しています。彼らは、発明の直接的な応用のほかにも新規性に焦点をあてて、保護されている事業が新しい市場に適応し、投資家にとってより魅力的になるように特許の有効期間をより長くすることができます。
独立系の知財専門家とパートナーを組むという投資をすることで中小企業は非常に大きなリターンを得ることができます。出願の成功だけではなく、知的財産権の所有者としても将来的に大きなリターンが期待できるでしょう。
次のステップ
- WIPOのウェブサイトでは、特許、商標、意匠やその他の知的財産権に関する情報が豊富に掲載されています。
- EUIPOのプロボノプログラムである「知的財産に関する無料個別サポート相談」があなたのニーズに合うかを確認しましょう。
- FICPIの報告書「知的財産の実務者:イノベーションに付加価値をもたらす(The IP Practitioner: adding value to innovation )では、知的財産権の保護を求める中小企業に独立系の知財弁理士が付加価値を与える方法がいくつかまとめられています。
- FICPI 会員データベースであなたの国の独立系の知財弁理士を探しましょう。殆どの場合1時間の無料相談に応じてくれます。
WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。