Global Health Biotech:科学とビジネスのギャップを埋める
Catherine Jewell、WIPO 情報・アウトリーチ部門(スイス ジュネーブ)
Keolebogile Shirley Motaung教授は生物医学者であり、南アフリカのダーバン工科大学の技術移転・イノベーション担当のディレクターです。Motaung教授は、骨や軟骨の組織工学における薬用植物の利用に関する自らの科学的探究に基づいて、Global Health Biotech(PTY)社を設立しました。
Motaung教授は生物医学研究とその商業化に熱心に取り組んでおり、科学と起業家精神の橋渡しをしてきた功績を称えられて、これまで南アフリカで数多くの賞を受賞しています。例えば、2020年にはMotsepe 財団から「科学技術分野のシャイニング・ライト賞」を授与されました。また、2018年には、国立科学技術フォーラムの「イノベーションのための研究賞」を受賞した他、Gauteng Women of Excellence Awardsの「最も革新的な女性賞」も受賞しました。Motaung教授は、大学の研究が製品やサービスに変わり、そこから新たな事業を立ち上げ、雇用を創出することがなぜ重要かについて、以下のように語ってくださいました。
筋骨格の損傷を治療するために植物由来の治療法の研究を始めたきっかけを教えて下さい。
私はもともと科学と筋骨格系に興味がありました。また、南アフリカには植物が豊富にありますが、その中でも薬用植物が筋骨格系の炎症や怪我を治すのにどのように役立つかに関心がありました。2010年に母が変形性関節症と診断されました。変形性関節症は一般的な病気で、この病気の患者は世界に何百万人もいます。膝や腰、背下部、首、指関節や親指の付け根に最も症状が出やすい病気です。私の母の場合は膝に症状が出ました。後期の変形性関節症では人工関節置換術が推奨されていますが、南アフリカの政府系の病院では手術を受ける順番待ちが長く、患者はしばしば何年も慢性の痛みを抱えながら暮らさなければなりません。私の母は4年待ってようやく膝の手術の予約が取れました。しかしその頃には既に症状が悪化し、もう手術をすることはできませんでした。そこで、何とか変形性関節症の患者さんの痛みを和らげる方法はないか探そうと思ったんです。
何故、Global Health Biotech社を設立したのですか。
私は常々、自分の研究を商業資産に変換することを夢見ていました。Global Health Biotech社の設立はその夢を形にしてくれました。私が行っていた研究から、骨組織や軟骨の再生に薬用植物を利用できると確信しました。研究で私は伝統的な治療者であるJohannah Mpilu博士と、当時博士課程に在籍し、後に博士号を取得した学生2人( Makwese Maepa 博士と Mapula Razwinani博士)とチームを組みました。そして、一緒に会社を設立し、天然の抗炎症軟膏「La-Africa Soother」 を開発しました。
会社を設立した理由は2つあります。1つ目は、大学から分社化した企業を立ち上げることで、科学的なアイデアを商業的資産に変えることが可能であると証明したかったからです。2つ目は、科学者になる方法を学生たちに教えると共に、起業家になる方法も教えたかったからです。Makwese Maepa 博士、Mapula Razwinani博士とGlobal Health Biotech社を設立することで、彼ら自身にも起業家になる方法を学んでもらうことができました。
製品について教えて下さい。
最も売れている製品は、植物由来の抗炎症軟膏「La-Africa Soother(LAS)」です。この軟膏は筋肉痛や関節痛を和らげてくれます。アスリートやフィットネス愛好家のほか、体を動かすのが好きな人々に広く使って頂いています。運動の前と後に塗ることで、予想される筋肉痛を防ぐことができます。他の類似の製品と異なり、治療ではなく予防に重点を置いています。
現在、大学は政府からの補助金に依存していますが、それを変える必要があります。大学の研究から生まれたIPを商業化するよう、政府は大学に働きかける必要があります。
また、損傷した骨や軟骨組織を治すため、植物由来の形態形成因子(PBMF)のインプラントの開発も行っています。骨折や変形性関節症、その他の損傷した骨組織や軟骨組織の修復の代替的な治療法を提供します。当社が使用する薬用植物は、フリーズドライされて注射可能な生体材料になります。医師らはそれを正確な位置に打って骨や軟骨の治療をします。PBMFは現在、動物実験段階ですが、新しい骨の形成を増補し、痛みを伴う手術を必要とせず、骨を早く無痛で治し、価格も手頃です。PBMFの使用で、外科的手術を必要とする患者を減らして病院の待機者も減ることが期待されます。
知的財産の重要性に気づいたのはいつですか。
当初から、Global Health Biotech社の将来にとって知的財産(IP)が中核的な役割を果たすことは明らかでした。また、IPは当社が大学から分社化した際の合意の基礎となりました。以来、ステレンボッシュ大学から技術のライセンスを得て、ビーガン向けのプロテインシェイクを開発しました。このプロテインシェイクは、非ステロイドの抗炎症薬としてより効果が高く、副作用も少ないと期待されています。大学が特許料を負担し、当社も低コストでライセンス供与を受けることができ、随分助かりました。もちろん、IPは当社のマーケティング戦略の要であり、当社の登録商標のおかげでブランド認知を高め、顧客基盤を拡大することができています。
何故、大学や研究者が市場に目を向けることが重要なのでしょうか。
現在、大学は政府からの補助金に依存していますが、それを変える必要があります。また、政府は大学に対し、研究から生まれたIPを商業化するよう、働きかける必要があります。多くの著名な大学のIPポートフォリオには素晴らしい製品があふれていますが、それを市場に出す術を知らないがために、これらの発明の殆どは日の目を見ません。だからこそ、私は研究提案書の書き方を変えるよう働きかけています。もちろん、研究者が研究結果を発表できるのは素晴らしいことですが、その研究を使ってどのように社会に貢献し、雇用を創出できるか考えることも大切です。過去には、学術的にいかに秀でているかに重きを置きすぎて、優秀な学生が就職できないということもありました。これからは、研究から市場性のある製品やサービスを創り出して、学生本人や社会に利益をもたらせるようにすべきです。
大学と学生の意識を変えるために具体的にどのような取り組みを行っていますか。
幸い、ダーバン工科大学は私のアプローチに全面的に賛同してくれています。これは、大学のコミットメントや、知識を機能させるというENVISION 2030にも沿ったものです。学生向けには、よりビジネス志向の研究提案の枠組みを作りました。その中で例えば「背景」や「正当性」を「ビジネスコンセプト」に置き換えたりしています。また、私は研究課題を定義する代わりに「価値提案」をするよう伝えています。そうすることで、学生は解決したい問題について考え、提案しているソリューションが顧客ニーズにどれほど合致するか、既存の製品と比べてどれほどユニークで優れているかを考えるようになります。私は、学生がターゲット市場やパートナー、競合について考えるよう、市場分析や財務予測、IPについても盛り込み、研究からどのように収益を得るのか考えさせるようにしています。また、進捗報告の代わりに、私の学生には、事業コンセプトの進化やビジネスの構造、ブランディング、ネットワーキング、マーケティング、販売、オペレーション上の問題に焦点を当てていくことを期待しています。しかしもちろん、彼らに失敗する余地を与え、うまくいかないときにプランBを策定できるように手助けすることも必要です。
私は大学で研究を行っている学生たちが起業家になることを強く願っています。
従来の大学の研究のやり方では、このような起業家的な視点が欠けています。私は大学で研究を行っている学生たちを起業家として育成することを強く提唱しています。
研究の商業化を促すために大学としてどのような取り組みができるでしょうか。
大学は教員の意識改革に取り組む必要があります。カリキュラムに起業家精神を養う科目を盛り込み、学生らが大学院での研究の進め方を学部生のうちから学べるようにすべきです。大学は、柔軟で優遇されたライセンシングプログラムなどを通じて学生がアイデアを商業化できるようにすべきです。他に重要な点として、ビジネスインキュベーターを立ち上げて学生がアイデアを商業化する支援をしたり、研究者が産業界や中小企業と連携することを積極的に奨励したりすべきです。もちろん、研究助成機関が商業化のポテンシャルがある研究を優先するようになれば、私たちが必要としている変化が起きるでしょう。
大学はIPポリシーを策定するにあたって、研究の成果として生まれた技術の扱いをどうするかを明確に示す必要があります。特許を取得するだけでは不十分です。大学は特許取得済みの技術を積極的にライセンスして、研究に従事している学生が特許にアクセスしてそれを市場に出す機会を作るべきです。そうすれば、研究から事業を生みだすことができますし、生産規模を拡大してさらに発展させることもできるでしょう。これは現在の経済状況や高水準の失業率に鑑みて非常に重要なことです。
研究者が研究結果を発表できるのは素晴らしいことですが、その研究を使ってどのように社会に貢献し、雇用を創出できるか考えることも大切です。
会社設立に当たって直面した最大の課題は何ですか。
最大の課題は、資金を確保することでした。お陰様で、当社は現在、黒人経済力強化政策(Broadbased Black Economic Empowerment (B-BBEE))レベル1認定企業です。これは、当社が100%黒人所有企業であるということを意味します。南アフリカ医療製品規制庁(SAHPRA)への製品登録プロセスも手間がかかりました。最終承認を得るまでに長時間かかりました。当社の製品は植物由来ではありますが、集中的に研究開発を行い、厳格に安全性や有効性の試験を行うなど、非常に重要なプロセスを経て完成したものです。
製品のマーケティングはどのように行っていますか。
当社のLAS軟膏は当社のウェブサイトやインスタグラムからオンラインでご購入いただけます。また、一部のスポーツジムでも販売しています。非常に好評のため、最近になってセールスマネージャーを任命し、マーケティング活動をさらに拡大する予定です。
これまで事業の舵取りをしてきて得た最大の教訓は何ですか。
まず、製品を市場に投入するまでには長時間かかるということです。また、研究データを発表するのと、事業計画を投資家に売り込むのとは、随分違うということも学びました。資金調達や交渉、営業まで多くのビジネススキルも学びました。そしてもちろん、強い決意と忍耐力の大切さについても学びました。
第2に、大学は大学院生を育成する方法を変える必要があります。そうすることで、社会に役立ち、国の経済にも役立つ製品やサービスを研究から生み出せるようにすべきです。
大学はIPポリシーを策定するにあたって、研究の成果として生まれた技術の扱いをどうするかを明確に示す必要があります。特許取得だけでは不十分です。大学は特許取得済み技術を積極的にライセンスして、研究に従事している学生が特許にアクセスしてそれを市場に出す機会を作るべきです。
第3に、研究提案書のひな形をよりビジネス志向のものに変え、価値提案や市場セグメント等の情報も盛り込むべきです。
他の中小企業に対してIPについてどのようなアドバイスをしますか。
中小企業は大学からIPのライセンスを受けることができますが、そのような中小企業は、重要な意思決定をする際に「科学的」なアプローチを取ることでより良い結果を期待できます。仮説を立てて検証し、アイデアの商業的可能性の確率推定値に基づいて、アイデアを先に進めるか、変更するか、放棄するか決められます。また何よりも、批判を甘んじて受け、自分の夢を追いかけることです。
将来の計画についてお聞かせください。
私の目標は、当社の製品が世界中で売れるようになることです。特に、低・中所得層のコミュニティにご利用いただければと思っています。Global Health Biotech社を、臨床的に証明され、低価格な植物由来の筋骨格損傷の治療のための製品を提供するリーディングカンパニーにするのが目標です。
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