ファッション業界のリスクや紛争を管理する
Heike Wollgast、Chiara Accornero、WIPO 仲裁調停センター スイス ジュネーブ Ida Palombella 、Federica Caretta、Deloitte 法務部門 イタリア ミラノ
ファッションはデジタル化し、広告もデジタル化しています。新型コロナ感染症が拡大した頃には、ファッション業界のデジタル化は既に進行していましたが、ステイホーム習慣やソーシャルディスタンスの影響で、その動きに拍車がかかりました。家にこもっている消費者は、より長時間をソーシャルメディアに費やしており、ブランドもそのことを良く認識しています。ブランドの価値に沿った効果的で強力なデジタルにおけるプレゼンスを築き、消費者の携帯電話画面を通じてその価値観を効果的に伝えられるかが、消費者の心を掴めるか大失敗するかの分かれ目になります。
消費者の心を掴むには次のうち少なくとも一つが必要です。人目を惹く広告キャンペーン、使いやすいeコマースサイト、インパクトのあるスローガン、効率的ですぐに繋がるカスタマーサービス、愛用者を巻き込み、ブランドに関心を持ち続けてもらうためのマーケティング活動。さらに、これらの全ての要素の混ぜ合わせたものが必要です。そして、もちろん、素晴らしい製品も必要です。
ファッション業界の関係者は、紛争を効率よく低コストで解決する手段を求めています。
それぞれのマーケティング活動には法的な落とし穴があり、どのブランドも、ソーシャルメディア上において批判的なコメントを投稿した大勢の怒った消費者に対処しなければならないかもしれません。心当たりはありませんか。
幸い、そのような落とし穴を避ける方法があります。広告キャンペーン、新しいブランドや新しいeコマースプラットフォームが法律を遵守しているか事前に審査することで、一度公開されたキャンペーンを中止したり、ブランドを変更したり、是正措置を講じたりする必要性を避けることができます。
同様に、抜かりのない契約書があれば、何か問題が起きた際にブランド側がどのように対処すべきかが分かるでしょう。特に、このような契約書は、ビジネスパートナーと対立しているときに大いに役立つでしょう。最後に、ブランドの愛用者のコミュニティを活発的に巻き込んでいくことの重要性は良く知られています。例えば、ゲームを作ったり、最も注目されるイベントで影響力のある著名人(インフルエンサー)に商品を着用してもらったりすることが重要です。法的審査を経て、必要なライセンスや許可を全て取っていることを確認することで、法的な問題を心配せずに創造性を発揮できます。
とは言え、何か想定外のことが起きた場合はどのようにすればよいのでしょうか。ファッション業界では国境を越えた紛争は珍しくありません。今や、かつてないほどファッション業界はグローバル化し、様々な国に住む消費者を対象にビジネスが成り立っています。日常的に、ブランドオーナーは世界のあらゆる国のパートナーや影響力のある著名人と契約を結んでいます。このように、様々な契約を世界中で交わす中で、ブランドオーナーにとっては、信頼性と業界の知見を有し、迅速で効果的な決定を下すことができる紛争解決手段へのアクセスを必要としています。
ファッション業界での紛争解決における裁判外紛争処理手続(ADR)利用のメリット
ファッション業界の関係者は、紛争を効率よく低コストで解決する手段を求めて、以前であれば裁判所が取扱っていたような紛争を調停や仲裁を通じて解決するようになっています。調停や仲裁は、適切に利用されれば、費用を大幅に節約できるほか、商業的にもより有益な結果をもたらし、広告や肖像権を含むファッション業界における紛争解決のための、より格安で柔軟な手段となります。裁判外紛争処理(ADR)のメリットとしては以下のような例が挙げられます。
- 時間とコストの節約:調停と仲裁は、複数の管轄権を持つ裁判所の手続きに比べ、費用を大幅に節約することができます。ファッションのライフサイクルは短いこともあり、ファッションや広告関係の紛争の当事者は多額の費用や長期の手続きを避けることを望みます。WIPOの典型的な調停には4カ月かかりますが、当事者の要請に応じてより迅速に調停を完了させることもできます。また、当事者はWIPOの簡易仲裁規則に定められた手続きの枠組みを選択することもできます。簡易仲裁手続きであれば、最短5週間で完了した事例もあります。
- 単一の手続き:複数の管轄下で保護されている問題を含む場合であっても、調停と仲裁であれば、当事者は単一の手続きで紛争を解決できます。これによって、複数国に跨る訴訟費用を節約できるほか、管轄によって異なる判断が下されるリスクを排除することができます。広告やファッション業界におけるコラボレーションでは、異なる国や法制度、ビジネス習慣からの複数の当事者が関与しますが、簡略化された手続きを使うことができれば有益です。
- 当事者の裁量と専門性:調停と仲裁はその性質上、非公開で行われ、どのように紛争を解決するかの判断は当事者に委ねられます。例えば、簡素化された手続きか、より段階を踏む手続きかを選ぶことができます。また、紛争の対象の分野が専門の調停人や仲裁人、準拠法、場所、言語を選ぶこともできます。さらに、WIPOの調停、仲裁、専門家による決定規則(WIPO規則 は、当事者同士の合意で修正可能であり、または紛争解決のための確固たる手続き上の基礎を提供することができます。
- 秘匿性の確保:調停と仲裁では、その手続きと結果について当事者が秘匿性を確保することができます。そのため、特に肖像権にかかわるような紛争においては、ファッション業界では重要な考慮要素である評判や信用に不利益な結果がもたらされることを心配せずに、紛争に集中することができます。
- ビジネス関係の維持:調停では、当事者間の事業関係を維持または新たな関係を構築する等、当事者のビジネス上の利益に沿った創造的な解決策を交渉する機会を与えます。WIPOの調停手続きの70%で和解が成立している他、WIPOの仲裁手続きでは、30%以上の事例で最終的な判断が下される前に当事者間で和解が成立しています。
WIPO仲裁調停センターについて
WIPO仲裁調停センター(WIPOセンター)は、世界知的所有権機関(WIPO)の一部を構成する独立かつ公平な機関として、1994年に設立されました。WIPOセンターの役割は、知的財産や技術に関する紛争に対し、調停や仲裁等の裁判外紛争処理手続(ADR)を通じて、時間と費用の負担を軽減した紛争処理手段を提供することです。WIPOセンターの手続きは、国境を越えた紛争解決の専門家によって構成されており、特に知的財産や技術に関する紛争を取り扱う機関として適していると認められています。
WIPOセンターは、裁判所での訴訟に頼ることなくインターネットのドメイン名紛争を解決するための世界的な主要紛争処理機関です。WIPOセンターでは、これまでドメイン名紛争統一処理方針に基づいて、不正な目的でのドメイン名登録・使用に関する紛争を5万件以上処理してきました。
WIPOセンターはこれまで、740件以上の調停、仲裁、簡易仲裁、専門家による決定を取り扱ってきました。WIPOセンターは紛争処理管理機関として、厳格な中立性と独立性を維持し、WIPO規則に基づいて調停や仲裁案件を管理しています。これには、当事者による適切な調停人や仲裁人の選任支援や、関連する手続き規則の適用の指導を含む積極的な事案管理の提供が含まれます。WIPOセンターでは、WIPO eADRというオンライン事案記録ファイルやビデオ会議システム等のオンライン事案管理もご利用いただけます。これらのツールのご利用に関する当事者の関心も高まっています。
近年、WIPO仲裁調停センターに寄せられるファッション業界や高級ブランド業界関連の申し立てが増えています。これらの紛争は、特に商標、特許、意匠、著作権、ソフトウェア、製品開発、インターネット小売り、eコマースやIP侵害に関連したものです。また、ライセンス、流通、フランチャイズ、製造、ソフトウェア、スポンサーシップやマーケティングに関する契約に関して紛争が発生しています。
これらの事案にはファッション業界の大企業や中小企業、製造業、発明家、小売り、サービスプロバイダー等が関わっています。
WIPOセンターとイタリアファッション協会が提携
ファッション業界の紛争を解決するために、特に仲裁をはじめとするADRが有用であることから、イタリアファッション協会(CNMI)とWIPOセンターが提携して、ファッション業界関連の紛争専用の調停・仲裁プロセスを確立しました。
それぞれのマーケティング活動には法的な落とし穴があり、どのブランドも、ソーシャルメディア上において批判的なコメントを投稿した大勢の怒った消費者に対処しなければならないかもしれません。
この提携の下、CNMIの会員はWIPOの仲裁調停サービスやファッション関係の紛争に特化したサービスを割引価格で受けることができます。CNMIの会員は、WIPOの中立者名簿の中からファッションに精通した仲裁人や調停人を選定することができるほか、CNMIとWIPOセンターの両方から専門的な手続き上のアドバイスを受けることもできます。このようにして、CNMIの会員は、仲裁判断がすぐに国際的に執行可能なものであるという安心感を得ながら、より実用的で効率の良い方法で国境を越えた紛争解決に臨むことができます。
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