イノベーションの知的財産権を管理:市場進出への鍵
Maria del Coro Gutierez Pla 、Lynn Burtchaell、欧州連合知的財産庁(EUIPO)EUIPO 中小企業プログラム(スペイン アリカンテ)
EUIPO(欧州連合知的財産庁)は、最近発表したその報告書で知的財産権と業績の正の相関関係について洞察を示しています。自社で技術開発するにせよ、他社から取得するにせよ、知的財産権はどの企業にとっても市場進出の鍵を握ります。
欧州連合知的財産庁 (EUIPO)と欧州特許庁(EPO)が最近発表した研究報告書 「EUにおける知的財産権と企業業績(Intellectual property rights and firm performance in the EU)」において、企業の知的財産権保有と企業業績に強い正の相関関係があることが確認されています。同報告書では、EUの全加盟国における12万7千社以上のデータを分析し、その結果、この相関関係はEU経済の基盤である中小企業においてより顕著だと示しています。
知的財産権を保有している中小企業は、知的財産権を保有していない企業と比べて従業員一人当たり収益が68%高いことが分かりました。
欧州委員会によれば、EUにある企業の99%が中小企業です。国や産業分野等の関連要因調整後の数字を見ると、知的財産権を保有している中小企業は、知的財産権を全く保有していない企業と比べて従業員一人当たり収益が68%高いことが分かりました。さらに、特許権、商標権、意匠権を組合わせて保有している企業は、これらの権利を1つも保有していない企業と比べて、従業員一人当たりの収益が約2倍(98%)となっています。EPOとEUIPOが2019年に発表した調査 によると、知的財産権を利用している中小企業はそうでない企業と比べて、その後の売上高の成長が高いことが分かりました。
これらの研究は、知的財産権の保有と企業業績の正の相関関係について有力な証拠を示しています。知的財産権を登録しただけでは成長を誘発するのに不十分であり、これらの関係から直接的な因果関係を導き出すべきではありませんが、中小企業がその成長の鍵であるイノベーションの過程を成功させる能力をより強く有しており、競争の激しいビジネスの世界で生き残れることを示していると言うことはできるでしょう。
技術革新が中小企業の成長の大きな力
イノベーションはアイデアを市場に出す複雑なプロセスと理解され、起業家や中小企業にとって大きな課題となっています。このため、外部からの支援が不足していることから企業が倒産してしまう「死の谷」と言われる概念が存在します。
全てのイノベーションには主に二つの段階があります。
- 企業が技術を取得する研究開発(R&D)の段階
- 製品を市場で売る商業化の段階
イノベーションのプロセスにおいて、製品やプロセスで最終的に具現化する知識を法的に保護することは極めて重要です。このため、IPの保護は企業のイノベーションプロセスにおいて戦略的なツールになります。
特許権、著作権、営業秘密等の秘密情報は研究開発段階で重要な役割を果たします。競合他社が企業の革新的な努力を侵害する可能性がある中、これらの権利は市場に製品を投入する以前の段階で決定的な役割を果たします。商標権や意匠権は、製品が他社のものと区別可能でなければならないため、イノベーションプロセスにおける商業化段階で重要になってきます。商標権で製品のアイデンティティを保護し、意匠権で製品の外観を保護することは、第三者による不正使用が起きた場合に備えて極めて重要です。
クローズド・イノベーションとオープン・イノベーション
全ての企業が同じ状況の下で活動しているわけではありません。社内でイノベーションのプロセスを完結させる技術的リソースが十分にある企業もあれば、外部の知識を活用しなければならない企業もあります。
イノベーションプロセスの全てが社内で完結するクローズド・イノベーション・モデルでは、知的財産権がもたらす独占権や保護は、革新的な中小企業がそのアイデアの価値を適正化し、無形資産に対する投資のリターンが得られるようにするための基礎となります。一方、オープン・イノベーション・モデルにおいては、他社や研究機関、大学等、外部との協力、またその知識を活用して革新的なソリューションの開発が行われるため、知的財産権は完全に戦略的なものになります。
具体例を上げましょう。A社は、新しい製品を商品化したいと考えていますが、既にB社によって特許が取得されている技術を必要としています。A社には2つの選択肢があります。
- 自社技術を開発する
- B社に帰属する技術をライセンスあるいは購入契約を通じて利用する
企業が2つ目の選択肢を選んだ場合「オープン・イノベーション」と呼ばれます。
知的財産権によって、商標、意匠、その他の技術革新が第三者によって不正利用されるのを防ぐ効果があることは良く知られています。しかし、オープン・イノベーションではもう一つ、あまり知られていない便益があります。それは、技術やソリューションを企業が安全に共有することができるということです。
オープン・イノベーションという文脈の中では、知的財産権は技術を運用する上のリスクを軽減し、知識共有を促進して適切な技術移転を可能にする、換言すれば、知的財産権を他の組織にライセンスまたは売却する際に重要な役割を果たします。
EUIPOの中小企業向けプログラム
中小企業は、オープン・イノベーションにせよ、クローズド・イノベーションにせよ、イノベーションプロセスの最初の段階からIPの管理を始め、最初から知的財産権を適切に使うためのIP戦略を策定する必要があることは明らかです。これを念頭に、欧州委員会はEUIPOに対して中小企業の起業や事業拡大の支援のためのイニシアチブを主導するよう要請しました。これを受けて、EUIPOはEUの知的財産行動計画(Action Plan on Intellectual Property)の一環として、EU域内外で中小企業を強化するための中小企業向けプログラムを策定しました。そして、そのプログラムの一環として「Ideas Powered for Business」というブランド名の下、様々な取り組みが行われています。
中小企業向けに2000万ユーロの基金を創設
EUIPOは「Ideas Powered for Business SME Fund」という、EU域内の中小企業向けの基金を創設しました。この基金は2021年1月11日から申請受付を開始し、2021年1月から9月まで5回に分けて助成金の申請を受付けます。
欧州の中小企業は2つの非独占的な方法でこの基金から利益を得ることができます。
- 商標か意匠の基礎出願を国、地域、EUレベルで行った場合に出願料の50%の払い戻し
- 知的財産の事前診断サービス(IP Scan)の75%の払い戻し
一つのサービスにつき1回の申請が可能で、中小企業は両方のサービスに申請することができます。中小企業1社あたり最大1500ユーロの払い戻しが受けられます。
まず中小企業基金のウェブサイトで助成金の申請を行ってから商標及び/または意匠及び/またはIP事前診断サービスに申し込みます。
どの地域でどのような保護を受けるかは、各企業の事業戦略や成長計画によって異なります。従って、中小企業はどの商標権や意匠権を申請するか決めるためにIPスキャンをすることが推奨されます。
IPスキャンを実施する理由
イノベーションプロセスの初期段階で、いつどのように知的財産権を適切に使うべきか、戦略的な計画を立てる重要性について強調してきました。IPの事前診断サービスや事業のIPスキャンは良い最初のステップとなるでしょう。
中小企業は、イノベーションプロセスの早期の段階でIPの管理を始め、知的財産権を適切に使うためのIP戦略を最初から策定する必要があることは明らかです。
IPスキャンは、健康診断のようなものです。患者は企業、医師はIPの専門家です。IPの専門は中小企業のビジネスモデルや製品、サービスを見ることで、中小企業の計画策定、将来の成長予想、IP戦略策定を支援することができます。IPスキャンは中小企業が以下を決める助けになるでしょう。
- どの無形資産を知的財産権で保護すべきか
- 登録済みの権利を有している場合、IPポートフォリオを構築する
- どのように将来の計画を立てるか
中小企業基金を通じて、中小企業はIP事前診断サービスにかかる費用の75%の払い戻しを受けることができます。このサービスはEUの一部の加盟国で既に利用可能で、利用可能となる国が今後さらに増える予定です。中小企業は申込む前にリストをチェック して、自国においてこのサービスが利用可能か自身で確認する必要があります。
中小企業基金の情報や申請ついて詳細は、中小企業基金のウェブサイトをご覧ください。
Ideas Powered for Business hubとウェブサイト
新型コロナ感染症拡大に対応するため、EUIPOでは昨年Ideas Powered for Business hubを立ち上げました。このハブでは、IP保護の便益を促進し、商標や意匠について、専門用語を使わずに分かりやすく説明しています。EasyFilingという新しいツールを使えば、初めて商標の登録を出願する企業が、出願手続きの手順を一つずつ案内に沿って対応することができるほか、中小企業のためのeラーニングも提供しています。さらにこのハブは、中小企業が選択した言語で無料のIPサポートを個別に受けるサービスを申請するアクセスポイントにもなっています。これには以下の項目が含まれます。
- プロボノ/無料の個別コンサルテーション:このサービスでは、中小企業に無料でIP相談を行う専門家を紹介し、IPに関する質問に迅速かつテイラーメイドで実務的な解決策を提供します。EU各地のIPの専門家がこのサービスを提供しています。中小企業のニーズに応じて、EUIPOが適切なIP専門家を紹介してくれます。
- 効果的紛争解決(EDR)サービス:このサービスは、EUIPOで異議申し立て中または上訴手続き中の中小企業を対象としています。要請があれば、調停人が連絡を取り、双方の当事者にとって納得できる解決策を模索します。そうすることで、関係者全ての時間と費用を節約します。
更に、Ideas Powered for Businessのウェブサイトが近々開設されます。このウェブサイトは各国知財庁やその他の当事者の協力の下、特に中小企業向けに作られました。このウェブサイトは、中小企業に関連した分野でIPをビジネスの視点で捉えることを目的としています。また、便利なサービスを可視化したガイダンス地図や、多言語のチャットボット、研修エリアや便利なツールを集めたセクションなどを含む、中小企業に特化した新しいツールやサービスを提供します。
知的財産権のポートフォリオが強固なほど、業績も良い
イノベーションを促進する上で、IPの保護は不可欠です。知的財産権を保有している企業はより競争力があり、偽造品に対して法的保護を有しています。このような法的な保護は、新しい市場への輸出を検討している企業にとって極めて重要です。さらに、知的財産権を保有している企業は、その権利をライセンスまたは売却することができるため、運用上のリスクを軽減し、オープン・イノベーションにおける知識共有を促進することができます。
知的財産権を保有している企業は、より競争力があり、偽造品に対して法的保護を有しています
これまでの研究で確認されているように、知的財産権の保有と企業業績には正の相関があります。知的財産は、中小企業が存続または大きく成長することができるかを示す信頼できる予測因子です。この意味で、潜在的な投資家やビジネスパートナーは、中小企業の業績の潜在力を見極める上で価値ある情報源として知的財産権に留意することになります。中小企業が自社の無形資産を保護し、賢く利用すべきであることは明らかです。
EUIPOは、中小企業が専門家に相談し、2021年に利用できる中小企業基金のPower your businessから得られる払い戻し制度を最大限活用することを奨励しています。
WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。