Uncanny Valley社: 音楽の創造性の新時代を切り拓く
Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)
2010年に、オーストラリア人シンガーソングライターのCharlton Hill氏と音楽テクノロジストのJustin Shave氏がUncanny Valley社を共同で設立しました。シドニーを拠点とするこの会社は、音楽業界で最先端を行く革新的なテクノロジー企業です。Uncanny Valley社でイノベーションの責任者も務めるCharton Hill氏に、人工知能(AI) を利用して、音楽制作にかかる時間を短縮し、誰もが参加できるようにし、音楽制作を変革するという同社の意欲的な目標について聞きました。2020年に、Uncanny Valley社と同社のCaroline Pegram氏はチーム・オーストラリアを結成し、史上初のユーロビジョン・AIソング・コンテストで優勝しました。
「一般に、Uncanny Valley (不気味の谷) 」とは、人間に非常に似ているが人間でないものに対して人間が抱く不快な感情のことをいいます。社名をUncanny Valleyとした理由を教えてください。
共同設立者のJustin Shave氏の発案です。Uncanny Valleyの意味を知ると、私たち2人が良く知っている業界で革新的な音楽テクノロジー企業になるに違いないと思うようになりました。
Justinはクラシック音楽の教育を受けたピアニストで、コンピューター・サイエンスの知識を持つ音楽テクノロジストであり、私はシンガーソングライターです。2人ともイノベーションに強い関心を持っています。会社を設立した2010年は音楽業界が目まぐるしく変化していて、進歩的な考えを持つパートナーと仕事をするべきだと考えました。私たちは共同制作者を選ぶ際に、常にオープンな姿勢を取っており、伝統的な音楽家やプロデューサーに限定していません。社名にふさわしい企業に成長したと考えています。音楽分野で「不気味の谷」を越えることを目指しているとも言えます。これはおそらく今の時代に最も興味深い課題でしょう。
ビジネスモデルについて聞かせてください。
当社の収益源は2つあります。1つは、オリジナル音楽の創造や音楽のリミックス (使用許諾された既知の歌を新しいボーカリストで作り変えること) に対する手数料で、もう1つは、こうしたプログラムが放送されたときに得られるロイヤリティです。オーストラリアでは、例えばオーストラリアン・サバイバー (Australian Survivor) などのプロジェクトを手がけており、その過程で多くの音楽が必要になります。こうした収益で当社を日々運営し、より革新的なAIや機械学習のための資金を賄っています。
創造性拡張に関する活動について教えてください。
とても刺激的で面白いです。正式に開始したのは2019年で、グーグル社のクリエイティブ・ラボとオーストラリアの新進アーティストたちと一緒に、機械学習を利用して作詞作曲プロセスに使用できる革新的なツールの開発を試みました。設計段階の彼らのフィードバックは貴重でした。
基本的に、彼らはこのプロセスを楽しんでいましたが、このツールが彼らの領域を侵害していると感じたときには遠慮なく意見を聞かせてくれました。例えば、当社のAD LIBBERアプリは、作詞のアイデアがひらめくように設計されたもので、作詞に苦労していたアーティストには歓迎されましたが、フレージングの才能があるアーティストには不評でした。また、Demo Memoと呼ばれるアプリでは、アーティストはメロディをハミングするか口笛で吹き、それを自分が選んだ楽器に変換することができます。このようにしてデモ・プロセスの時間を大幅に短縮することができます。このアプリは大変好評でした。
この実験は、こうした概念を試行錯誤するための優れた機会となりました。私たちは、MEMUという音楽エンジンを通じて開発を続けています。MEMUは、当社のリサーチを継続的に蓄積するもので、MEMUのアーキテクチャで音楽と感情の定量化という課題を解決できると考えています。
MEMUによって、ミュージシャンは、自身の音楽がさまざまな感情モードや媒体で表現される機会を手に入れることができます。
もう少し詳しく説明していただけますか。
私たちの関心は、音楽が生み出す感情反応と作詞作曲に関連したプロセスを理解し、定量化することにあります。これはヒットソングを生み出す方法を解明することではなく、もっと深淵なものです。特定の歌詞、メロディ、コード進行の関係と、それらが感情を引き起こす方法を解明し、ある曲の音楽的特徴について理解を深めることを目指しています。これは喜びや悲しみの感情をコンピューターに説明するということで、かなり複雑です。私たちがあるアーティストの全作品の歌詞やメロディを分析するコンピューター処理能力と知能を持つようになったことは驚くべきことで、新しい歌へと変わる新しいアイデアを産み出し、そのアーティストの作品の今後の動きを表現することができます。
MEMUについて詳しく教えてください。
MEMUは、アーティストの作品のミキシングやマッシュアップをリアルタイムで行う強力なエンジンです。これは非常に刺激的で、音楽制作の新時代の到来を告げるものです。貢献者と制作協力者のエコシステムが変化することで、アーティストを発見し、トラッキングし、作品の配信に対して対価を支払うことが可能になるでしょう。MEMUがリアルタイムで音楽の無限のフローを理解し、ミキシングする能力は目を見張るものがあります。
MEMUに対する人々の反応はどうですか。
素晴らしいと感じている人もいますが、ミュージシャンの仕事が奪われると懸念する人もいます。これは私たちが意図していることではありません。MEMUは、音楽制作にかかる時間を短縮し、費用を低下させることで、誰もが制作に参加できるようにする、強力なエンジンだと考えています。スポティファイが最高のプレイリストを追求するのと同じように、MEMUは最高の音楽環境を追求しています。
ソフトウェアはどのようにして開発しましたか。
ソフトウェアの開発は、データ・サイエンティストとクリエイティブなテクノロジストがミュージシャン、音楽プロデューサー、有識者チームと協力して行う興味深いプロセスでした。
最初は、当社独自のマテリアルを使ってMEMUに学習させました。その後、著作権で保護されたマテリアルを使用してみましたが、不注意による著作権侵害のリスクを避けるために、レコード会社を含む広範なユーザー・コミュニティの作品を使用するようになりました。これにより、著作権とリミキシングの概念について試行錯誤することができました。アーティストの知名度によって反応に違いがあることを知りました。
MEMUの世界に参加するアーティストは、彼らの作品を使ってMEMUが素晴らしい驚くべきことをすることに同意します。MEMUは各アーティストのごくわずかな貢献をトラッキングし、それがどのように使用されているかを分析します。これはアーティストが確実に報酬を得られるようにする効果的な方法です。
必要に応じて、オープンソースのマテリアルを使用してMEMUに学習させましたが、通常は当社独自のソリューションを開発してMEMUの特注アーキテクチャを設計しました。これは単に必要なソリューションが市場に存在しなかったためです。
MEMUのさまざまなチャネルについて説明していただけますか。
MEMUには柔軟性があり、さまざまなチャネルで音楽の世界を切り分けることができます。例えば、あるレコード会社に所属するアーティスト2人が今後リリースする曲をMEMUがミックスする場合、そのコラボレーションについて閉じられた世界を構築することができます。
MEMUのさまざまなチャネルは、そのアーキテクチャに組み込まれています。私たちはまず、特定のジャンル、感情、音楽のエオリア旋法をMEMUに教える特化型チャネルをリリースしました。これはポップミュージックに対応します。テクノロジーは急速に進化しており、さまざまなジャンルからの貢献に対応することができます。例えば、チルアウト・チャネルに当てはまる作品を、ハイエナジー・チャネル用に加工することができます。
私たちは音楽制作にかかる時間を短縮し、追跡性と音楽の使用を向上し、歌の概念を解放し、あらゆる方法で音楽を楽しめるようにすることに取り組んでいます。AIはそうした広範な環境を構築する上で役に立ちます。
ミュージシャンにはどのようなメリットがありますか。
MEMUによって、ミュージシャンは、自身の音楽がさまざまな感情モードや媒体で表現される機会を得られます。発掘されることを目指しているアーティストは、一部の作品へのアクセスを認めることで、さまざまな方法で聴いてもらい、自身の他の音楽に興味を持ってもらうことを期待する場合があります。こうした素晴らしいプラットフォームや方法で音楽が使用されることを認めないアーティストはいないでしょう。
MEMUはまた、音楽制作プロセスに誰もが参加できるようにします。まったく新しい方法で音楽作品をマッシュアップし、アーティストが報酬を得られるようにすることができます。音楽には、新旧のあらゆる形態でコンテンツを完全なものにしたいという並外れた欲求があり、MEMUはそうしたニーズに応えることができます。
Twitchなどの音楽配信プラットフォームでの経験から、音楽業界が「許可しない」モードにあることが分かります。MEMUが描く音楽の未来は、「許可し、魅了し、報酬を与える」ことによって、誰もが勝者となり前に進めるようにすることです。
AIはミュージシャンにどのような影響を及ぼすでしょうか。
AIツールによって、アーティストは音楽業界で活動しやすくなり、作品から新しい収益源を得られるようになります。当社や同業他社が開発しているツールは、アーティストを重視した倫理的な方法で進歩と技術を取り入れるように設計されています。
AIはミュージシャンが利用できるツールを補完し、制作にかかる時間を短縮し、ヒットチャート入りするようなかたちでのミュージシャンの自己表現を可能にすることで、参入障壁を取り除くことができます。
私たちは音楽制作にかかる時間を短縮し、追跡性と音楽の使用を向上し、歌の概念を解放し、あらゆる方法で音楽を楽しめるようにすることに取り組んでいます。AIはそうした広範な環境を構築する上で役に立ちます。
AIツールによって、アーティストは音楽業界で活動しやすくなり、作品から新しい収益源を得られるようになります。
AIは、そうした手段を持たない人々にも、表現手段として音楽に関わることを可能にします。これはおそらくAIが音楽業界で実現できる最も興味深い点でしょう。
AIを利用したツールで、人を本当に感動させる音楽を作ることができるでしょうか。
はい。AIは人間が感じる歌の創造を支援しますが、そのプロセスには必ず人間が関与しています。私たちは、人間のパフォーマンスを再現しようとしているわけではありませんが、実際は人間のパフォーマンスに頼り、それをデータ化し、他のパフォーマンスに変えています。アーティストのアバターやパフォーマンス・トランスファーという考え方はすでに現実のものとなっています。
AIが実現することの1つは、人間がより人間らしくなり、より良い音楽を作れるようになることだと私は確信しています。
AI音楽を最初に取り込み、導入するのはどの分野だと考えていますか。
新しいことが好きなアーティストは、かなり前からAIを試しています。AIは徐々に音楽の主流になりつつあります。例えば、最近、アビーロード・スタジオのAI音楽ソフトウェアであるライフスコア (LifeScore) は、ベントレー社と共同で、車内音楽用のプロトタイプを発表しました。このプロトタイプは速度やGPS位置情報などのデータポイントを利用します。これは大変期待が持てます。
結局、人間は人生を送るための面白く、役に立ち、楽しめる方法を探しているだけなのです。音楽はその重要な要素であり、AIによって音楽制作プロセスが迅速化します。そのために私たちはAIを利用するわけです。AIは確かに人間のパフォーマンスを向上させますが、人間に取って代わることは難しいでしょう。
音楽テクノロジー業界でAIへの関心が高まっているのはなぜでしょうか。
まず、チャンスを逃すのではないかという焦り、次に過去の過ちを正したいという要望があります。AIの力を上手に利用し、アーティストは相応の報酬を得ることができると考えられています。
著作権制度はどのように変化すると見ていますか。
著作権については試行錯誤が続いています。特にMEMUの開発初期段階ではそうでした。しかし、現在は「著作権制度が存続する限り」続けたいと考えています。規則が変更されるまでは、引き続き規則に従って行動するつもりです。
規則を変更してほしい特定の分野がありますか。
あるアーティストの一連の作品を使用して新しいアートや新しい収益源を生み出すことに関して、何らかの対策が必要だと思います。特に、テクノロジーがアーティストの作品を価値ある方法で使用できる場合は尚更です。
結局、人間は人生を送るための面白く、役に立ち、楽しめる方法を探しているだけなのです。音楽はその重要な要素であり、AIによって音楽制作プロセスが迅速化します。
この問題については考えが固まっていません。なぜなら、技術的に可能であるからといって、アーティストの全作品を利用して新しい作品を作る権利をいきなり与えられるべきとは思っていないからです。おそらく別の方法があるでしょう。例えば、ミュージシャン志望者を支援する共同基金に拠出する見返りに、そうした使用を認められるといった方法です。
今後の計画について教えてください。
AIソング・コンテストで優勝してから1年以内に、ミュージシャンと作詞作曲家のための有効なツールを当社が持っていることを証明するつもりです。現在の私たちの活動には多くの関心が寄せられており、当社と音楽コミュニティ全体を支援するための開発にふさわしい制作協力者を真剣に探しています。オーストラリアでは、学界、ビジネスパートナー、科学者、新進アーティストが参加する、同国初の音楽AIハブの設立を支援しています。
MEMUについては、わくわくするような新しい音楽を作ると同時に、アーティストの新しい収益源を作りたいと考えています。これに成功すれば、アーティスト・コミュニティが集まるハブを設立し、AIと音楽に関する対話を継続することができるでしょう。
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