COVID-19治療薬へのアクセスの改善: 知的財産の果たす役割
著者: Jhon Carmona氏、WIPOグローバルチャレンジ部 (Global Challenge Division) およびEdward Harris氏、WIPOニュース・メディア部 (News and Media Division)
新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の世界的な治療に関して、最近素晴らしいニュースがありました。国連が支援する非営利団体でWIPOが理事会のメンバーを務める医薬品特許プールが、ファイザー社およびMerck Sharp & Dohme (MSD) 社 (いずれもWIPO Re:Searchのメンバー) と抗ウイルス薬のライセンス契約を締結しました。これにより、MSD社のモルヌピラビルとファイザー社のPF-07321332が100カ国近くの低・中所得国で提供されるようになります。
このライセンス契約の重要性
COVID-19は、早期治療が鍵となります。なぜなら感染初期の治癒率が、感染が進行した場合に比べて高いからです。現在までに、COVID-19の感染初期段階の経口治療薬で有望な結果が示されているのは、MSD社のモルヌピラビルとファイザー社のPF-07321332のみです。
最近発表されたライセンス契約により、これらのCOVID-19治療薬を大量生産し、全世界の人口の半分に相当する人々に低コストで配布することが可能になります。このライセンス契約に基づき、MSD社とファイザー社は、COVID-19が社会的に懸念される公衆衛生上の危機として続く間は、ロイヤリティを放棄します。それ以外の場合は、通常の市場条件の下で販売されます。これは、COVID-19のパンデミックを乗り越えるために特別な支援を必要としている国々で、数多くの命が救われることを意味します。
「この契約はとても歓迎すべき出来事であり、革新的な抗COVID医療技術を世界に普及させるためのバランスの取れたモデルを示しています」とWIPOのDaren Tang事務局長は述べています。「こうした重要な医療技術を生み出す人々から、それを必要とする人々まで、世界中のすべての関係者の方々に、同様の取り決めを早急に検討していただきたいと思います。WIPOは引き続き、知的財産、技術、およびその活用に必要なノウハウの共有を推進してまいります。」
製品や治療薬に関連する知的財産権の所有は、企業の研究開発や医療技術の開発に必要なその他の支出を促します。
こうした合意を促進する知的財産の役割
製品や治療薬に関連する知的財産権の所有は、企業の研究開発や医療技術の開発に必要なその他の支出を促します。医療分野では多くの場合、新製品が市場に出るまで、開発と試験に長い年月を要します。
COVID-19のパンデミックはこのプロセスを一気に加速させ、一部では、製薬業界などによる投資に加えて、巨額の公的資金も投じられました。既存薬の転用によるMSD社のモルヌピラビルの開発、およびファイザー社によるPF-07321332の開発を可能にしたのは、知財制度がもたらすインセンティブでした。
現在、COVID-19のワクチンおよびその他の製品が増え、国際社会はすべての人々がワクチンなどを利用できることを目指しています。この一翼を担うのが医薬品特許プールなどの団体で、知的財産を所有する企業と、生産の拡大や医療技術の普及を実現できる現地パートナーとの連携を支援しています。医薬品特許プールは、利害関係者を結び付け、製薬会社の自発的なライセンス供与を促進するイニシアチブです。
ライセンス供与は、最も一般的に使用されている知財の許諾ツールです。ライセンス契約では、知的財産権の所有者または知的財産の使用を管理する組織が、発明を実施した製品・サービスの開発、製造および/または販売を第三者に許諾します。別の言い方をすると、ライセンサー(実施許諾者)は製造能力と流通経路を持つ企業に対し、発明を潜在的ユーザーに届ける許可を与えます。標準的なライセンシング・モデルでは、ライセンサーはライセンス契約で合意された金銭的条件でロイヤリティを受け取ります。
モルヌピラビルとPF-07321332のライセンス契約は、COVID-19パンデミックとの闘いにおける画期的な出来事です。この契約は、知的財産が差し迫った問題の解決に不可欠な要素であることを示す好例であり、多種多様な関係者が明確な形で協力できるようにする橋渡しの役割を果たしています。
公衆衛生上の危機など、発明を大量生産する必要に迫られている状況では、標準的なライセンシング・モデルは、市場の失敗を考慮するために追加的な機能がしばしば求められます。市場の失敗のほとんどは、発明を大量生産する能力の不足と、上乗せ価格を支払うことのできるユーザーのみに発明が集中的に分配されるリスクに関係しています。
この問題の解決策となるのが技術移転契約です。技術移転は、科学的知見、知識および知的財産を、研究機関や大学、企業の研究所などの創作者から官民のユーザーに移転させる協調的なプロセスです。その目的は、発明や科学的成果を、社会に利益をもたらす新しい革新的な製品へと変えることにあります。技術移転を可能にするのが知的財産の所有権です。
技術移転は製造工場の増加も促すため、医薬品など、必要性の高い発明の生産を劇的に拡大することができます。
ライセンス供与は、最も一般的に使用されている知財の許諾ツールです。ライセンス契約によりライセンサーは、製造能力と流通経路を持つ企業に対し、発明を潜在的ユーザーに届ける許可を与えます。
WIPOは、医薬品特許プールとMSDが、ライセンス契約で知財紛争が生じた場合に、WIPO調停規則に基づく調停に付すことで合意したことを歓迎しています。WIPOはCOVID-19対応関連サービスの一環として、ライフサイエンス分野における契約交渉と紛争解決を円滑化するための新しい調停サービスを開始しました。
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