『Copyright in the Digital Single Market (デジタル単一市場における著作権)』: 本の紹介
著者: Eleonora Rosati氏、* ストックホルム大学知的財産法教授、知的財産および市場法協会 (Institute for Intellectual Property and Market Law) 理事、スウェーデン
*Eleonora Rosati氏は『Copyright and the Court of Justice of the European Union (著作権と欧州連合司法裁判所)』 (オックスフォード大学出版局、2019年) および『Copyright in the Digital Single Market. Article-by-Article Commentary to the Provisions of Directive 2019/790 (オックスフォード大学出版局、2021年)』の著者です。
欧州における30年に及ぶ著作権の調和
欧州連合 (EU) が現在進めている著作権 の調和プロセスは、2021年に、開始から30年の節目を迎えました。ソフトウェア指令91/250は、コンピュータープログラムに適用される著作権保護の範囲および要件について、EU加盟国の法律を調和させる最初の試みでした。現在、EU著作権法の枠組みは、著作権および関連する権利の分野における一連の問題を調和させる13の指令と2つの規制で構成されています。この30年間、EU加盟国に国内法とEU法を整合させることを義務付ける国内著作権法令の近似化プロセスは、様々な理由によって支持されてきました。その最たるものが、著作権コンテンツおよび著作権関連サービスに関する域内市場の整備です。
1957年のローマ条約の締結以来、欧州の統合プロセスは域内市場の創設と結び付いており、域内市場では、物とサービスの移動の自由など、いくつかの基本的な自由が保障されています。この目的を達成するには知的財産 (IP) 法の調和も必要であることが1980年代に明らかになりました。その後の10年間、調和に関する議論は、著作権、商標、意匠権、地理的表示、営業秘密、特許のすべての主要な知的財産権に及び、いずれも近似化の取り組みの対象となってきました。一部の知的財産権 (ただし著作権は除きます) については、このプロセスによってEU全体の権利が導入され、各国の保護形態と並行し、かつ独立して存在しています。
具低的には著作権に関しては、近年、域内市場を整備する根拠として、EUの取り組みに対する新たな目的と理由が生じています。特に注目されるのは以下の3点です。
第1に、著作権および著作者/権利保有者の高度な保護を確実にすることです。情報化社会指令 (InfoSoc Directive) 2001/29やエンフォースメント指令 (Enforcement Directive) 2004/48などがこれに当てはまります。
第2に、著作権の改正は競争力を高め、一部のステークホルダーが活動を行う上でEUのシステムがより魅力的なものになる可能性がある、という考え方です。例えば、この考え方は2010年代初期に孤児著作物の分野でEU法を導入する主な推進力となりました (孤児著作物指令2012/28)。
第3に、著作権の改正を、公平性の改善と市場の不均衡および失敗の是正という目的に結び付けることです。この点は、デジタル単一市場指令2019/790 (DSM指令) に関して特に顕著に見られます。
法制化の動きと並行して、欧州連合司法裁判所 (CJEU) も、基本的とは言えないまでも、重要な役割を果たしています。同裁判所は予備判決の付託制度を通じて、しばしば著作権法の解釈にとどまらず、調和の限界をさらに押し広げ、場合によっては法律の条文を超えた解釈も行っています。
CJEUは、「創作性」や「作品」の概念など、著作権保護の要件そのものを明確にし、形成しています。同裁判所は、複製、公衆への伝達、頒布などの排他的権利の構成要素および範囲、ならびに関連する例外および制限を定義しています。また、各国の取り組みに残された余地を明確にし、各国の取り組みのEU法との適合性についても判断を下しています (私的複製の分野、アウト・オブ・コマース著作物の活用など)。この豊かな (かつ複雑な) 環境こそが、DSM指令が関与し、その役割を果たす場です。
2015年、欧州委員会は・・・デジタル経済におけるEUの主導的地位を維持し、欧州企業の成長を支援することを目的として・・・EUでデジタル単一市場 (DSM) を実現するための戦略を発表しました。
DSM指令の内容および目的
2015年、当時のJean-Claude Juncker委員長が率いる欧州委員会は、EUでデジタル単一市場 (DSM) を実現するための戦略を発表しました。この目的を達成することで、EUはデジタル経済における主導的立場を維持し、欧州企業のグローバルな成長を促進できるでしょう。欧州でDSMを実現するには、広範なセクターでいくつかの取り組みが必要になり、EU加盟国全体で著作権法のさらなる調和を図ることもその1つです。
2016年にDSM指令案が発表され、3年に及ぶ厳しい交渉の末、2019年春にDSM指令は採択されました。2019年6月7日に発効した後、EU加盟各国がDSM指令を国内で実施する法律を制定するための2年間の期間が始まりました。
実体的規定に関しては、DSM指令は多岐にわたり、次のような措置を定めています。
- 例外および制限をデジタルの国境を越える環境に適応させるための措置。この目的のために、DSM指令は、テキストおよびデータマイニング (TDM)、デジタルでの国境を越える教育活動における著作物およびその他の保護対象物の使用、文化遺産の保存について、強制的な例外または制限を導入しています。
- ライセンス実務を改善し、コンテンツへのより広いアクセスを保証するための措置。この目的のために、当指令は、文化遺産機関によるアウト・オブ・コマース著作物の使用の枠組み、集中許諾を促進するための措置、ビデオオンデマンド・プラットフォームにおける視聴覚著作物へのアクセスおよび利用可能性、ならびにパブリックドメインのビジュアルアート作品に関する規定を提供しています。
- 著作権市場の十分な機能を確保するための措置。この目的のために、当指令は、報道出版者による報道出版物のオンライン利用に有利になるような関連する権利を導入しています。また、有効な例外または制限に基づいて、出版者は第三者の著作物の使用に対して支払われる対価の一部を受領する権利がある、と加盟国が定めることを認めています。当指令はさらに、オンライン・サービスによる保護されたコンテンツの使用に適用される枠組みを設定し、著作者および実演家の利用契約における公正な報酬を義務付けています。
当指令は、権利保有者の高度な保護の保証、権利処理の簡素化、著作物その他の保護対象物の利用における公平な競争の場の創出など、既存の著作権法と同じ目的を掲げています。このような目的は、EU域内市場を創設し機能させることに結び付いています。さらに、著作権をイノベーション、創造性、投資および新しいコンテンツ制作に対する刺激と捉えるインセンティブ・ベースの視点と、EUが目指す (欧州共通の文化遺産を前面に出すなどの方法による) 文化および文化的多様性の尊重・促進にも関連しています。DSM指令の前文にはこれらに加えて、技術の進展と新しいビジネスモデルやプレーヤーの出現による解釈上の曖昧さを修正し、著作物を含む物および著作物に基づくサービス、ならびにその他の保護対象物のための、適切に機能する公正な市場を保証する必要性が追加されています。
最も議論の多い規定
DSM指令はいくつかの分野に言及していますが、一部の規定は特に注目を集め、厳しく吟味されています。
例外と制限に関して言えば、テキストおよびデータマイニング (TDM) に関する規定 (第3条および第4条) は、欧州における機械学習と人工知能の発展に資するため、言及に値するでしょう。欧州委員会は、TDMプロセスの実行に関する法的安定性の欠如が、EUの競争力と科学分野におけるリーダーシップを低下させていると考えました。欧州委員会の提言では、研究機関の利益のためにTDMの例外を認識しただけでした。最終的にDSM指令の採択につながったプロセスを通じて、この例外は拡大され、受益者に関する制約なしに、例外または制限が追加されました。
DSM指令は、オンライン・ニュースアグリゲーターのような情報社会サービス提供者による報道出版物のオンライン利用に関して、EUを拠点とする報道出版者の関連する権利 (第15条) も新たに導入しています。EUによるこうした取り組みは、報道セクターの売上減少とオンライン・サービスの出現によるとされる代替効果という問題に取り組んだ国 (ドイツおよびスペイン) の経験に続くものです。ただし、こうした国ではあまり成果が上がりませんでした。
また、DSM指令の第17条は、複雑な法的責任の枠組みを導入することで「バリュー・ギャップ」の解消を目指しています。バリュー・ギャップとは、デジタルユーザーがアップロードするコンテンツ・プラットフォームが保護されたコンテンツの利用により取得しているとされる価値と、権利者に還元される収益の間にあるミスマッチを指す考え方です。第17条は2つの前提に立っています。1つは、一部のオンライン・サービスは著作権が制限された行為を直接的に行っているというもので、もう1つは、DSM指令は、こうしたサービスの義務と責任に関する法的不確実性を解消する必要があるというものです。
欧州連合 (EU) が現在進めている著作権の調和プロセスは、2021年に、開始から30年の節目を迎えました。
現状と次のステップ
本稿の執筆時点で、EU加盟国の中でDSM指令に基づく自国の法律を制定し終え、2021年6月7日の期限に間に合ったのはごく一部です。期限に間に合わなかった理由はいくつかあります。新型コロナウイルスの世界的流行によって、第17条に関する欧州委員会の指針の発表が遅れたことに加え、YouTube/Cyando事件 (C-682/18およびC-683/18、2021年6月に判決) など、CJEUの重要な裁決があったこと、およびポーランドが第17条に異議を申し立てたこと (C-401/19、現在も継続中) などです。
現在入手できる情報に基づくと、EUの立法機関が2019年に採択したDSM創設のための規定は、EU加盟国によって異なる方法で実施されることになりそうです。確かに、DSM指令の中には、加盟国に大きな自由裁量を残している規定もあります。そのような裁量は、そもそも何かをするという選択肢 (例えば第12条および拡大集中許諾を規定する可能性) から、実際の権利および規則の内容を決定すること (例えば著作者および実演家の契約に関連する第18-23条) まで、多岐にわたります。とはいえ、DSM指令の中には、そのような広範な自由を公然と想定していない規定もあります。しかし、DSM指令に基づく国内法が起草または採択されている場合、裁量権のある規定に関して、加盟国はすでに独自の方向に進んでいます (例えば第15条と第17条)。
DSM指令の各規定に関する注釈はなぜ重要か?
DSM指令は複雑な経緯を経ており、その規定と国内法化も複雑です。そのため、DSM指令の「ストーリー」が採択の時点で終わっていないことは明らかで、「ストーリー」は始まったばかりです。今後数年にかけて、DSM指令を国内法化する国内規定の適用に関する訴訟が、CJEUの予備判決に付されるでしょう。過去に他のEU著作権指令で生じたように、CJEUもまた、様々な国内法化の矛盾と誤りへの対応を余儀なくされると思われます。
DSM指令に関する文献は増えていますが、私がDSM指令の規定に関して逐条の注釈書を書く上で目指していたのは、EU著作権をデジタル単一市場に適合させるために2019年に採択された法律の規定を検討したい、あるいはその必要がある裁判官、法律および広報の専門家、研究者、政策担当者、立法者、学生のために、出発点となる手引書を作成することでした。DSM指令が国内法およびEU判例法により解釈され適用されれば、さらに版を重ね、この注釈が今後私自身の職業上の手引書にもなることを願っています。
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