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フジツボにヒントを得た接着剤で急激な失血を止める

2022年3月

著者: Karie Bate氏、フリーランス・ライター

この10年間、マサチューセッツ工科大学 (MIT) のリサーチ・サイエンティストでエンジニアのHyunwoo Yuk氏は、重傷や侵襲性手術による急激な失血で命を落とす年間200万人の人々を救うために取り組んでいます。その方法とはどのようなものでしょうか。Yuk氏は困難な課題の解決に情熱を傾けています。個人的な動機もあります。Yuk氏はお菓子を焼くことと、新しいアイデアを「焼き上げる」ことが好きです。そして、既成の枠にとらわれない考え方をしています。

Hyunwoo Yuk氏と彼の研究者仲間は、粘着性のある微粒子とシリコーン油を混ぜ合わせて、血液を生体組織からはじくことに成功しました。このソリューションは生体組織の周りに強力なシールを形成し、出血を抑えるための従来のアプローチより優れた画期的な成果をもたらしています。(写真: Hyunwoo Yuk氏提供)

「エンジニアは、科学的なツールや知識に基づいて問題を解決するのが好きです」とYuk氏は言います。「まだ十分に解決されていない重要な問題が私の専門領域の近くにあることを知ると、いつも意欲がわいてきます。個人的に共感できるときは尚更です。」

Hyunwoo Yuk氏が22歳のとき、弟が5階から転落して外傷を負い、大動脈の損傷によって重度の出血を起こしました。弟が受けた複数回の手術は、出血を抑えることが困難だったために予定の2倍の時間に及んだことを、Yuk氏は後に知りました。「 (この問題を解決する) 個人的な強い動機があったので、この問題に触発され、より良いソリューションを探すようになりました」とYuk氏は語ります。

彼の菓子作りに対する情熱も、作品を生み出しています。「特にマフィンを焼くのが好きです。簡単に作れますし、色々な材料を加えるのは楽しいです。材料科学者/エンジニアである私は、比較的シンプルな成分で高性能の物質を作ることが好きなので、マフィン作りにはそうした私の嗜好が反映されているのでしょう。」

急激な失血を抑えるための独創的なアプローチ

Hyunwoo Yuk氏は大学院での7年間の研究で、外傷を負った、または侵襲性手術を受ける人の出血を速やかに止血または抑制する、生体接着技術を開発しています。

同氏が4年間かけて開発した最新の発明は、白い歯磨き粉に似た接着剤 (ペースト) で、血液でおおわれた表面を接着することができます。これは独創的なものです。Yuk氏は岩に付着する地味なフジツボにヒントを得て、イノベーションを起こしました。

フジツボと動物や人間の生体組織はどちらも、濡れて汚れた環境にさらされています。フジツボは水と汚れにさらされていますが、動物と人間の生体組織も同じように濡れて「汚れて」います。これは血液に触れているためで、血液はその性質上汚染された液体です。Hyunwoo Yuk氏と彼の研究者仲間は、フジツボが表面に付着する方法に興味を持ちました。

まだ十分に解決されていない重要な問題が私の専門領域の近くにあることを知ると、いつも意欲がわいてきます。個人的に共感できるときは尚更です。

Hyunwoo Yuk氏、MIT研究者・エンジニア

フジツボは、粘着性のあるタンパク分子を通じて、濡れて汚れた表面に付着しており、このタンパク分子は水と汚染物質をはじく油に懸濁していることを彼らは発見しました。この働きにヒントを得て、Hyunwoo Yuk氏と彼のチームは、同じように作用し、動物の生体組織の出血を止める、粘着性のある溶液を用いたソリューションを考え出しました。

テスト用の接着剤として、フジツボが使っている実際のタンパクを使用する代わりに、粘着性のある微粒子とシリコーン油を混ぜ合わせました。これが生体組織から血液をはじきます。「接着剤が機能するためには、汚染された血液細胞が生体組織との間に入らないようにする必要があります」とHyunwoo Yuk氏は説明します。

「エンジニアリングの観点からすると、この種の常識外れの既成の枠にとらわれないソリューションは重要で、止血に対する従来のアプローチより優れた画期的な成果をもたらす可能性があります」とYuk氏は強調します。

この7年間Hyunwoo Yuk氏は、外傷を負った、または侵襲性手術を受ける人の出血を速やかに止血または抑制する、生体接着技術を開発しています。最新の発明は、白い歯磨き粉に似た接着剤 (ペースト) で、血液でおおわれた表面を接着することができます。(写真: Hyunwoo Yuk氏提供)

この発明の優れた特徴

『Nature Biomedical Engineering』 (2021年8月) に発表した研究で、Hyunwoo Yuk氏と彼のチームは、彼らの接着剤が出血を数秒で止めることを実証しました。この実験は、心臓と肝臓の損傷で出血しているラットを使って行われました。外科医が使用する標準的な製品を使ってYuk氏が治療したラットでは、出血が続きました。脂質成分が含まれる接着剤を使って治療したラットは、10秒ほどで出血が止まりました。この接着剤でテストしたラットとブタは生存しました。

止血までの時間が短縮されるだけでなく、生体組織の周りにより強力なシールを形成するので、この接着剤は他の類似製品より強力だとYuk氏は主張します。さらに、このペーストは病状により自分で血栓を形成することができない患者に素早く機能する可能性があると同氏は言います。危険な出血を止めるための既存のソリューションは、身体に本来備わっている血栓形成能力に依存しています。Yuk氏らは、技術を概念化するにあたり、血栓の形成に全く依存することなく出血を止めたいと考えました。「自然な血栓形成能力に依存すれば、止血に時間がかかり、状況は複雑になり、一定の健康状態にある患者は除外されると私たちは考えています」とHyunwoo Yuk氏は言います。

知的財産 (IP) は、大手企業と生産面で協力し、必要な投資を呼び込むための中心的要素であるため、すべてのテクノロジー・スタートアップ企業に不可欠です。

Hyunwoo Yuk氏

商品化に向けた次のステップ

このスタートアップ企業が商取引を締結するには少し時間がかかりますが、アジアと米国が大きな市場になる可能性があるとHyunwoo Yuk氏は言います。それまでの間、Yuk氏のチームは引き続きフジツボにヒントを得た接着剤のテストに意欲的に取り組んでいます。

企業や個人の投資家から継続的に調達する資金を用いて、より大型の動物 (ブタ) でさらに前臨床研究を行い、特定の臨床的適応について技術の最適化を図るとともに、人間での最初の臨床試験に向けて、米国の食品医薬品局 (Food and Drug Administration) から治験医療機器適用免除 (IDE) を得るために必要なデータを収集する計画です。1年半以内に、人間で接着剤をテストしたいと考えています。特に、固形臓器 (肝臓、脾臓、腎臓など) 手術、心臓血管手術、内視鏡手術 (消化管出血など) 中に、接着剤が血流を止められるかどうかを重点的にテストする予定です。さらに、軍で銃創や衝突損傷の治療に使用するニーズの調査も予定しています。

患者と介護者にとって有望なイノベーション 

この接着剤が動物の生体組織の出血に与える影響に関する研究結果によると、まだ開発の初期段階にあるものの、手術を必要とする人間の血液や心臓、肝臓の疾患に期待が持てます。

この接着剤は手術中に、外科医が出血を抑えるのに費やす時間を短縮してくれる可能性があります。また、戦闘地域や資源に制約がある地域など、外科の医療資源にアクセスできない場所で役に立つと考えられます。

Yuk氏の発明がオーブンから出てくるのはまだ先のことですが、その材料には期待が持てるようです。実際、数百万人の人々がYuk氏のイノベーションを心待ちにしています。

Hyunwoo Yuk氏に知的財産の重要性について聞きました。

知的財産はYuk氏のビジネスにとってどれほど重要ですか。

知的財産は、大手企業と生産面で協力し、必要な投資を呼び込むための中心的要素であるため、すべてのテクノロジー・スタートアップ企業に不可欠です。企業や投資家がまず知りたいのは、私たちの技術が特許によって保護されているかどうかです。これまでの経験によると、技術と知的財産を特許によって保護することなく、商品化に向けた次のステップのための活動を行うことは想像できません。

知的財産をどのように保護していますか。

私たちの知的財産は伝統的なやり方、つまり国内外で特許を申請する方法で保護しています。最近は、研究所で生まれた技術を産業界に移すことは珍しくないため、学術論文の発表だけでなく、知的財産保護に関する教育活動や意識が高まっています。アイデアの新規性と所有権を、競合する研究者から保護することは、学者としてキャリアを築く上で非常に重要です。ですから、私にとって、商業的環境において特許という形で知的財産を保護することの重要性を理解することは、ごく自然で簡単なことでした。

特許出願プロセスではどのような経験をしましたか。

米国では、最初の仮出願は迅速かつシンプルです。技術移転機関を通じた特許の出願は簡単で、優先的に海外で保護を受けられるようにするため、一般にPCT出願を国内出願とともに提出します。正式に特許出願を申請するには、かなり時間が必要で、多くの場合、特許弁護士と学校の技術移転機関と緊密にやり取りし、その知的財産が法的費用を正当化するだけの商業的価値があるようにする必要があります。

知財戦略をお持ちですか。

知的財産を侵害から守るために中核技術を共有する技術をグルーピングし統合するというMITのより大きな知財戦略に加わる予定です。詳細な知財戦略を策定するにはやや時期尚早ですが、私たちのスタートアップ企業はこれを優先事項と位置付ける予定です。知財戦略はライセンス契約条件から始まり (大学の技術からスピンオフする場合) 、商品化プロセス全体に決定的なインパクトがあるということを学んでいます。このプロセスについては、経験豊富なメンターと法律専門家の支援を得て、慎重にアプローチしています。

これまでに知財関連で学んだことで、共有していただけることはありますか。

私が学んだのは、知的財産の商品化に関しては、研究論文よりも特許のほうがはるかに重要だということです。最近の発明に関しては、強力な特許出願を準備するべく多大な努力をしていますが、以前は強力な特許を準備することよりも研究論文の発表に注力していたので、以前の特許はいくぶん弱いことがわかりました。特許出願は研究原稿のコピー・アンド・ペーストではなく、そうあるべきでもない、ということを学びました。特許出願では、その発明の技術的側面に加えて、商業面の検討も行う必要があります。例えば、軽微な変更に基づく侵害などを避けるために、請求の範囲を広げることなどです。

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