男性アイドルグループBTSが知的財産を利用してレガシーを構築する方法
著者: Ana Clara Ribeiro氏、知的財産弁護士、クリチバ、ブラジル
韓国の男性アイドルグループBTSは、これまでで最も成功しているグループの1つです。2013年に最初のアルバム「2 Cool 4 Skool」をリリースして以来、BTSの7人のメンバー (RM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jungkook) は世界中に数多くのファンを獲得してきました。韓国のアンダーグラウンドのヒップホップ・シーンにルーツを持つBTSは、「Blood, Sweat and Tears」、「Fake Love」、「IDOL」などの曲で言葉と文化の壁を乗り越えています。
現在、彼らは韓国語と英語 (一部は日本語) で歌い、世界中で音楽賞を受賞しています。国連総会で2回スピーチを行い、いじめ撲滅を訴える「Love Myself」キャンペーンを国連と共に立ち上げました。BTSは韓国経済の推進力となり、観光業を振興し、韓国のファッション、食べ物、映画、テレビ番組への関心を高めています。韓国文化観光研究院 (Korean Culture and Tourism Institute) の調査によると、BTSは韓国の国内経済に約50億米ドル寄与していると推定されます。
BTSの芸術的才能と成功にはいくつもの要因があります。彼らがファンと感情的につながる能力は他に類を見ません。ARMYと呼ばれるBTSファンの情熱と献身は、資金支援にとどまらず、BTSを積極的かつ熱心に後援しています。BTSは、知的財産権を活用してブランドを強化し、創造力を高め、収益源を多様化する能力も際立っています。
BTSは楽しさに満ちた音楽の世界とさまざまな方法でファンが参加できるコンテンツを作り出すことで、ファンを増やしています。音楽が彼らの主な収入源ですが、知財資産ポートフォリオを拡充し、エンターテインメントの他の分野にも進出しています。BTSとその知的財産を管理しているのは、韓国の大手エンターテインメント企業HYBEです。BTSは音楽、エンターテインメント、教育の分野でレガシーを生み出しています。こうした活動は、効果的な知的財産管理に支えられています。
著作権
著作権はミュージシャンにとって重要な知的財産権です。著作権は、ミュージシャンの職業上最も重要な要素、つまり楽曲、演奏、録音物を保護します。著作権で保護された楽曲は、演奏権許諾料、録音権許諾料 (楽曲が再生されるごとに発生) 、シンクロナイゼーション (歌が映画やテレビ番組、広告で演奏されるときなど) 、その他の音楽出版権から多額の収益を生むことができます。
少なくともBTSの3人のメンバー (SUGA、RM、j-hope) は、彼らの作品に対する人気が高まったおかげで、権威ある韓国音楽著作権協会 (KOMCA) の正会員になっています。
BTSの各メンバーは作詞作曲のクレジットを保有しています。彼らの音楽は、私的な内容やクリエイティブな言葉遊びが多く、ファンの共感を呼んでいます。このためファンと感情的な強いつながりを築くことができます。また、ファンは歌詞の意味やその解釈について語り合うため、ファン同士の結びつきが生まれます。
2020年と2021年に、BTSはレコード業界が発表するグローバル・レコーディング・アーティスト・チャートで第1位に選ばれました。これはデジタルおよび物理的な形式での販売で、世界で最も売れたアーティストをランク付けするものです。BTSは韓国人として初めてこのチャートの第1位になり、英語以外の言語で歌われる歌で第1位に選ばれた初めてのグループとなりました。BTSのアルバムは2018年以降チャートの上位を占めており、2021年にはSpotifyで最も再生回数の多いアーティストの第3位に選ばれました。
音楽的な成功にとどまらず、BTSの著作権ポートフォリオは、書籍、コミック、ミュージック・ビデオ、バラエティー番組、ドキュメンタリー、モバイルゲーム、DVD、ストリーミングに及びます。BTSは独自の「the Bangtan Universe」 (BU) と呼ばれる架空の世界さえ作り出しています。
BUは、さまざまなプラットフォームでコンテンツを開発・提供して一貫したファン体験を生み出すBTSのトランスメディア戦略を支えています。BTSは「notes」と呼ばれる短文のソーシャルメディアと、BTSの物理的なアルバムに入っている物理的なカードを通じて、ストーリーを発信しています。BUはまた、BTSのミュージック・ビデオに参加し、「The Notes 1」、「The Notes 2」の2冊の本と、デジタルコミック・シリーズ「Save Me (2019) 」を発売しています。
肖像権の法の歴史に名を残したBTS
肖像権 (アイデンティティの商業的利用をコントロールする権利) は、著名なミュージシャンやアーティストにとって極めて重要です。2020年に韓国最高裁判所は、パブリシティ (肖像) 権は著名人とそのマネジメント会社に所属するという判決で先例を作り、BTSは韓国の法の歴史に名を残しました。この判決によって、無許可の第三者がBTSのようなグループの成功にただ乗りすることを防ぐことが期待されます。この決定は、グループの名前や肖像の付いた商品を無許可で製作する人を芸能プロダクションが訴える法的根拠となっています。
2014年にBTSは「Hip Hop Monster」というデジタルコミックを発売し、2019年には「BTS World」というモバイル・ビデオゲームと、BTSの歌を表現したグラフィックブック・シリーズを発売しました。その後、2022年1月には新しいデジタルコミック小説「7Fates: CHAKHO」を発売しました。これは韓国の伝説をモチーフにしたアーバン・ファンタジーシリーズで、WebtoonとWattpadプラットフォームで配信されています。
BTSの多彩なコンテンツ戦略は、「BTS World」のサウンドトラックや、JungkookとSUGAがCHAKHOシリーズのために制作したシングル「Stay Alive」など、さらなる音楽制作の機会も生み出しています。
BTSは、さまざまな年次イベントも開催しています。「BTS FESTA」はグループのデビューを祝うイベントで、特別な曲をリリースし、写真撮影会を行います。また、「Muster」と呼ばれるファンのためのスペシャル・コンサートを開催し、このイベントのDVDを発売します。「Run BTS」というゲームショーも行われます。
BTSの洗練されたマルチメディア体制は、ファンを結び付け、新しい創造物を生み出す多くの機会をもたらしています。
商標
BTSが構築しているクリエイティブ・ユニバースには、登録商標に支えられた多くのブランドが含まれています。商標は、ある会社の商品・サービスを競合他社の商品・サービスと識別する標識です。商標の登録は、ブランド構築のための強固な基礎となります。
BTSは2021年、他のどのポップ・グループよりも多くの商標を韓国特許庁に登録しました。
グループ名のBTSは、방탄소년단 (防弾少年団)の頭字語で、BTSの商標ポートフォリオの中核です。グループ名とロゴは、彼らの音楽にとどまらず多くの商品を特定するために使用されるため、化粧品、家具、通信、教育ソフトウェア及びエンターテイメントソフトウェア、複数の商品クラスに関連して韓国で商標登録されています (商品およびサービスの国際分類に関する詳細はこちらをご覧ください) 。
BTSのファンクラブであるARMYは、最も活動的で影響力のあるオンライン・コミュニティです。ARMY自体がブランドとして商標登録されています。
BTSはまた、例えばメンバーのVが作った「보라해」 (ボラへ、紫色を意味する韓国語から生まれた新語) など、ファンとの関係を表すさまざまな表現を保護するために商標権を出願しています。
BTSの多面的なブランド戦略は、BANGBANGCON、ARMYPEDIA、BU、7FATES、BTS UNIVERSE STORYなど、BTSが主催するイベントやプロジェクトの商標登録にまで拡大しています。
韓国の国会が発表するデータによると、BTSは2021年、他のどのポップ・グループよりも多くの商標を韓国特許庁 (KIPO) に登録しました。
特許
BTSファンのエンターテインメント体験を向上させるため、HYBEはさまざまなハイテク・スタートアップ企業と提携して、特許された新技術の開発に多額の資金を投じています。一般に、特許は進歩性、新規性がある有益な技術を保護します。特許性の基準は国によって異なります。エンターテインメント業界では、特許は、創作物の制作を支援する最新技術を保護します。
2021年にHYBEはAIスタートアップ企業のSupertoneに投資しました。同社の歌声合成 (Singing Voice Synthesis, SVS) 技術はBTSメンバーの声のクローンを作っています。また、別のAIスタートアップ企業であるNeosapienceとも提携し、Learn! Koreanという、BTSとTinyTANキャラクターがファンに韓国語の基礎を教える教材シリーズの教育コンテンツを開発しました。この教材にはNeosapienceの特許取得済みの多言語音声クローニング技術に適合する電子ペン (motipen) が付属しています。テキスト上でこのペンをかざすと、韓国語、英語、日本語、スペイン語でBTSのメンバーに似た声で音声が再生されます。
HYBEは、例えばファンがライブ・パフォーマンス中にBTSへの声援を表現するために使用する「ペンライト」に関連する技術など、BTSの物品販売活動を支援する新技術の開発にも投資しています。2020年にHYBEは、ペンライトのデータを転送し、色を管理する手法について、いくつかの特許を出願しました。本稿の執筆時点で、これらの特許出願はまだ韓国特許庁によって審査が行われていません。
意匠
意匠権は、BTSのブランド体験の重要な要素を保護する限りにおいて、BTSの知財ポートフォリオに追加される重要な権利となります。一般に、物品の販売はミュージシャンにとって重要な収入源です。物品の設計に費やした時間と資金は、意匠権によって保護される新しい知財資産も生み出すことができます。意匠権は、製品の審美的特徴を保護します。
例えば、ファンのBTSに対する忠誠の最も重要なシンボルである「ARMY Bomb」はいくつかのバージョンでリリースされています。韓国知的財産権情報サービス (KIPRIS) によると、HYBEは現在、ARMY Bombの3つの意匠を所有しています。韓国のポップ・グループは通常、独自の公式ペンライトを持っており、独自のデザインと名称が付いています。BTSのARMY Bombはバッテリー充電式で、BluetoothでBTSの公式アプリとペアリングすると、コンサートの間、BTSの歌のリズムに合わせて色が変化します。
ライセンシングおよびその他の知財戦略
知的財産権を有効活用するにあたり、BTSは、ライセンシングなどを通じて、ユニバースを広げ、新しい収益源をもたらす複数の機会を生み出しています。この目的で、BTSは数多くの架空のキャラクターと製品を作っています。例えば、BT21と呼ばれるLINE FRIENDS CREATORプラットフォームと提携した未来志向の共同制作プロジェクトには、BTSのメンバーに似たマスコット (このマスコットはビデオ・アニメーションに登場) やさまざまなファッション、文具、化粧品、食品が含まれます。BT21を通じてBTSは、Converse、Reebok、Hello Kitty、Antisocialsocialclub、Neighborhood、UNIQLO、Melissa、The Crème Shop、Olive Young、Jandaia、Riachuelo、MediHeal、Dunkin' Donutsなど、数多くのグローバル・ブランドと提携しています。
同様に、BTSメンバーのイメージとステージ名を反映したTinyTANのアニメキャラクターは、自身のYouTubeチャネルを持ち、ブランドと提携しています。このキャラクターは「Learn Korean with TinyTAN」などのプロジェクトや各種アニメ映画で、BTSの「顔」となります。
まとめ
芸術的作品を保護し、ファンとの独自のつながりを育むことで、BTSは、知的財産の戦略的利用によってブランド体験を向上させ、収入を生み出し、創造性の新しい機会を生み出すことができることを実証しています。ビジネス・イノベーションと知的財産は、明らかにBTSの成功の重要な要因であり、レガシーを構築し保存する上で重要な役割を果たしています。
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