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新世代の半導体メモリは、消費電力の削減を約束する

2022年6月

Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)、岡北優佳氏および田口智美氏、WIPO日本事務所

半導体は「現代のエレクトロニクスの頭脳」と呼ばれ、私たちが毎日使っているデジタル機器はこれなしでは動かないほど、何十年にもわたって新しいデジタル技術の進歩を牽引する役割を担ってきました。日本の株式会社半導体エネルギー研究所 (SEL) は、この分野で世界をリードするパイオニアであり、高性能な次世代半導体技術の開発で新天地を切り開き続けている企業です。「フラッシュメモリ」として知られる不揮発性メモリ素子の発明者であり、特許取得件数世界一のギネス記録を保持し、ギネスブックに掲載された世界一の発明家でもある創業者で代表取締役の山﨑舜平氏が、イノベーションを通じてカーボンニュートラルを実現するSELの取り組み、ビジネスモデルにおける知的財産の重要性、同社の先駆的な活動を支えるオープンイノベーションの文化などについて語ります。

研究員チームとSELの最先端スーパーコンピュータの打ち合わせをする山﨑氏。スーパーコンピュータを使うことで複雑かつ大規模なシミュレーションを高速で行うことができます。(写真: SEL提供)

SELの研究開発が、如何に世界の環境保全に役立ちますか?

私は、コントロールゲート付きフローティングゲートの不揮発性メモリ、いわゆるフラッシュメモリの基本素子を28才の時 (1970年) に発明 (特許番号886343) して以来、数十年間半導体分野に従事して参りました。フラッシュメモリは私たちが日常的に使っている電子機器のほとんどに組み込まれており、機器の電源を切ってもデータや情報を保存することを可能にしたものです。またこのフラッシュメモリは、半導体メモリやデータストレージの中で最も安価なものです。しかし、まさかコンピュータのチップの処理能力や記憶容量を飛躍的に向上させたシリコン大規模集積回路(Si LSI)が、世の中にこれほどまでに普及し、地球温暖化の主犯のうちの1つとなるとは夢にも思っておりませんでした。

弊社は、2009年に世界で初めて、酸化物半導体の新しい結晶構造(CAAC構造)を発見し、その開発・応用に取り組んできました。現在は、データセンターやスーパーコンピュータ等の電力消費量が莫大なLSIデバイスを極省電力化すべく、十数年前から継続して集中的にR&Dを行っております。

私たちの目標は、消費電力の大幅な削減です。先駆的な研究により、結晶性酸化物半導体には、高い電流保持特性というユニークな特徴があることを見出しました。シリコンで作ったFETでは、オフ状態で10-12A/µm程度の電流の漏れ出し (リーク電流) が発生しますが、結晶性酸化物半導体FETのオフ電流は10-24A/µmと極めて低い値です。つまり、データの長時間保持が可能になるわけです。このような、酸化物半導体の高い電流保持特性と、シリコンの高い電気特性というそれぞれの強みを活かし、シリコンだけでは実現できない、シリコン(Si)と酸化物半導体 (OS) の積層構造による、いわゆるOS/Si複合化構造の新しい半導体素子を開発しました。特性の相乗効果を利用して、より省電力な素子の実現を目指します。この技術が世の中に普及すれば、温暖化対策に大きく貢献できるはずです。

半導体に馴染みのない方のために、現代社会における半導体の役割とその重要性について一言お願いします。

皆さんが毎日使っているスマートフォン、パソコン、テレビなどの電子機器には、全て半導体が使われています。これだけ普及して当たり前になってしまい、皆が役割や重要性を認識できないほどです。半導体を利用する製品を使うことによって電気を消費し、その行為が地球温暖化に繋がっている、という認識も誰も持っていないように感じます。

SELが1987年に作ったソーラーカー「サザンクロス」は、同年オーストラリアで開催された世界初の「ワールド・ソーラー・チャレンジ」でダーウィンからアデレードまでの全長3,200キロメートルのレースを完走しました。(写真: SEL提供)

日本や世界でのデジタル化・脱炭素化の流れの中で、今後の御社の役割を教えてください。

2021年6月に菅政権で閣議決定された成長戦略実行計画において、先端半導体技術の開発と製造立地推進が掲げられました。また、グリーン政策として、2030年までに全ての新設データセンターの30%省エネ化及び国内データセンターの使用電力の一部の再エネ化、2040年に半導体・情報通信産業のカーボンニュートラルを目指すことも目標に掲げられました 。

2021年の夏、経済産業省 (METI) にSELの極省電力化に寄与するOSLSI技術をご紹介する機会を得ました。政府のグリーン政策における計画目標の達成に寄与するとして、SELのOSLSI技術の可能性に注目してくだった人物が、内閣総理大臣に本技術について具申してくださいました。SELでは、METIからアドバイスを頂き、資料を修正して整え、再度METIに提出しました。内閣総理大臣はOSLSI技術にご興味を持ってくださったようで、更なる技術説明を求められたと聞いております。そこで、SELが作成した50ページにもわたる資料を用いて、METIの政策局長より再度総理に技術およびSELについて、詳しい説明をしてくださいました。その後METIが弊社を視察にいらっしゃいました。

弊社の省消費電力のOSLSI技術が広く普及し、量産・実用化が実現すれば、温暖化対策に大きく貢献するはずです。

2016年、最も多くの特許 (11,350件以上) を取得した発明家として、ギネスブックに登録されました。先駆的な技術を開発し続けるための、社長にとっての原動力は何でしょうか。

私はもともと学校の成績は悪かったのですが、大学2年の時に加藤与五郎先生 (後に東工大名誉教授) と出会って、先生が自分に目をかけてくださいました。半導体のメッカとも評される米国スタンフォード大学に行きたいと告げた際には、加藤先生に烈火の如く怒られました。「あなたの性格と能力をこれほど理解して研究指導をしているのは私しかいないのだから、しっかりと私についてきなさい」と叱咤されました。人生は比較できないので、渡米を辞めた選択が良かったのかはわかりませんが、その時が人生の分岐点だと思います。私の場合、最初は優秀なわけではありませんでしたが、加藤先生という恩師と出会い、彼の指導に従ったお陰で今があるのだと感謝しております。この世を去って再びお目にかかった日に、弟子として怒られないために、日々の研究を続けています。加藤先生という恩師との出会いが私の原動力となっています。

皆さんが毎日使っているスマートフォン、パソコン、テレビなどの電子機器には、全て半導体が使われています…. 半導体を利用する製品を使うことによって電気を消費し、その行為が地球温暖化に繋がっている、という認識も誰も持っていないように感じます。

SELは新しい技術の開発に注力し続けています。特許が御社の技術の普及にどのように役立っていますか?

R&D型の企業である弊社にとって、加藤与五郎先生の教えのとおり、特許は重要です。知的財産は人類が定めた大きな規則です。ただ、特許で保護された開発品が市場に出なければ収入となりません。市場に出せるものをいかに多く、効率よく当てるか、ということが重要になってくるというのがR&D企業の性質です。

知的財産権に関する紛争では、相手に対してひるむことなく正当に主張をすることができます。このように権利を活用し、効果的に市場を拡大することができました。ただし、重要なことは、権利活用を適切に行えるような特許権を持つことです。そのような特許権とするには、頭で考えただけのアイデア特許では価値がなく、R&Dの結果に基づく目的と効果が明確な特許明細書を作成することが重要です。また、R&Dを拡大させるには、特許を戦略的に活用して特許の価値を高め、ライセンス収入を拡大する必要があります。特許の戦略的な活用を行うには、訴訟も含めてしっかりと検討する必要があると考えます。

インセル型タッチセンサ内蔵の8.67インチのフォルダブル (折り畳み) ディスプレイ。このディスプレイは10万回以上の曲げ動作に耐えられる耐久性を備えています。(写真: SEL提供)

SELに存在するイノベーションの文化とその指針について教えてください。

1980年にSELを設立して以来、私たちは研究開発を通じて世界の進歩に貢献することを目指しています。私たちの最初のパートナーは、当時、半導体及び半導体が使用された液晶テレビで世界をリードしていたシャープ株式会社 (16年以上、液晶テレビ販売シェア世界一) でした。シャープと組んだのは、知り合いの紹介がきっかけでした。しかし、シャープと一緒に組んで研究をやり始めると、シャープからSELのレベルが低すぎる、と判断されてしまいました。そこからはシャープの要求水準に達するために、必死になって研究を行いました。自分たちのレベルをはるかに超えると思われるような厳しい要求もありましたが、必死についていきました。

そうやって、必死になった研究開発のみが上手くいくと考えています。というのも、社員にとっては、パートナーから具体的に課題を指摘してもらい、それを目指して必死に努力すれば、結果を出すことができます。パートナーの胸を借りてやるという、楽をするような気持ちでは、決してうまくいきません。相手のニーズに合わせて、自分に厳しく、高みのレベルに達するよう努力する、という気持ちや精神がないと上手くいかないでしょう。パートナーとして対等な関係でありながら、厳しい要求をして、自分の技術を伸ばしてくれるような企業を探すことが、自分たちの研究開発レベルを向上するうえで必須となると考えています。

WIPO GREEN施策は、グローバルなオープンイノベーションを促す公的なプラットフォームです。WIPO GREENを通じ、御社の結晶性酸化物半導体LSI(OSLSI)技術を含めた多くの先進的技術を世界に広めることについて、お考えをお知らせください。

地球温暖化対策は人類共通の最重要課題です。知的財産制度から環境保全に取り組むWIPO GREEN施策は、大変重要なものであると認識しております。結晶性酸化物半導体LSI(OSLSI)技術を確立し、より早く世界に普及させるために、WIPO GREENの活用も有り得るのかもしれませんし、WIPOのような国際機関からのご協力がとても重要であると思います。

より良い未来を築こうと志す若い研究者や科学者、発明者に向けて、アドバイスをお願いします。

昔の日本の企業は、「艱難汝を玉にす」及び「質実剛健」という精神がありましたが、今は全くなくなってしまったように思います。我々の成長には、褒められないと成長しないような態度ではなく、厳しい中で成長するという精神を取り戻すことが必要だと思います。日本にとってそのような人材や知的財産が極めて重要となっています。日本において、特許をはじめとする知的財産の価値が裁判で向上するようにしなければいけません。また、日本の一般の人々の知的財産への意識も高める必要があると思います。知的財産しか、世界の競争の中で日本が残る道はありません。

WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。