Hydraloopを使って誰でもできる水不足対策
著者: Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)
分散型中水リサイクルシステムHydraloopは、家庭の水消費量と廃水排出量をそれぞれ最大45%削減します。気温の急上昇が世界各地に甚大な被害をもたらし、水不足と干ばつが発生している中、WIPOグローバル・アワードを受賞したこの水処理ソリューションが利用できることは、この上ないタイミングと言えるでしょう。
Hydraloopの開発に携わったオランダ人のArthur Valkieser氏とSabine Stuiver氏は、世界で深刻化している水危機の解決に取り組んでいます。これまでいくつもの事業を立ち上げてきた両氏は、2015年に引退から復帰し、消費者が手軽に使える分散型家庭用水処理システムを開発しました。Hydraloop社はこの夏、中小企業を対象とする第1回WIPOグローバル・アワードを受賞した5社のうちの1社です。今回の受賞は、この独創的な水処理ソリューションの世界展開を後押しする重要な力になると両氏は考えています。
水のリサイクルに取り組み、Hydraloop社を設立しようとしたきっかけを教えてください。
Stuiver氏: 地球の淡水資源には限りがあります。気候変動が深刻な干ばつを招き、欧州を含む多くの国々で水ストレスが問題となっています。推定では、水不足によって2030年までに世界で最大7億人が住む場所を失う可能性があります。しかし、トイレの水を流し、洗濯し、庭の水やりをするのに今でも淡水が使われています。これは理解しがたいことです。そこで、Arthurが分散型中水リサイクルシステムというアイデアを思い付いた時、私たちはこれを実現する義務があると感じました。当時は引退してフランス南部で暮らしていたのですが、オランダに戻り、この技術の開発と会社の設立に取りかかりました。
Valkieser氏: 2050年までに、世界の人口は20億人増加し、現在使用しているより55%多くの水が必要になるでしょう。ですから、このアイデアを無視することはできませんでした。何とかしなければと思いました。現在の水危機は、水不足の深刻化という警告をすべて無視してきた私たちに警鐘を鳴らしていますが、幸いなことに、水を2回使用することで水不足を自分たちで解決できます。
2050年までに、世界の人口は20億人増加し、現在使用しているより55%多くの水が必要になるでしょう。
Arthur Valkieser氏、発明者、Hydraloop社の共同設立者兼CEO
水工学の知識があったのですか。
Valkieser氏: いいえ、まったくありません。私はオランダで大きなメディア企業を経営していました。しかし、このことは色々な意味で好都合でした。私には先入観がなく、正規の教育にとらわれることもありませんでした。目的がはっきりしていて、基本的には試行錯誤を繰り返してすべて解決しました。多くの課題がありましたが、問題を解決すれば自分がやっていることが改善されるので、問題は実はプレゼントのようなものだということを学びました。
Hydraloopは魅力的でスタイリッシュですが、なぜこのようなデザインにしたのですか。
Hydraloopは魅力的でスタイリッシュですが、なぜこのようなデザインにしたのですか。
Stuiver氏: 私たちがターゲットにしているのは、持続可能な社会の実現に貢献したいという大勢の人たちです。ですから、快適さや衛生面で一切妥協せず、ユーザーが利用しやすいソリューションにする必要があると考えました。コンパクトで、メンテナンスが簡単で、しかも見た目が美しい製品を目指しました。デザインは非常に重要だと考えたからです。
Valkieser氏: Hydraloopはデザインが優れているだけではありません。フィルターや膜、化学製品を使用せずに (シャワー、洗濯機、エアコンなどからの) 中水を処理するというシステムも優れています。当社の特許技術は、最も厳しい国際基準に合わせて廃水を処理・浄化しますが、目詰まりの可能性があるフィルターを使用せず、高額なメンテナンス費用もかかりません。
Hydraloopは環境にどのようなメリットをもたらしますか。
Valkieser氏: Hydraloopは水とエネルギーを節約し、ユーザーはカーボンフットプリントを削減することができます。Hydraloopを使用すれば、水の消費量と廃水排出量をそれぞれ45%減らすことが可能です。ユーザーの建物に送られる水が減り、廃水処理施設が処理する廃水が減るため、ユーザーのカーボンフットプリントは減少します。
Stuiver氏: Hydraloopはスマートに作動し、水を2回使用します。「設置後は何もしなくてよい (fit and forget)」仕組みになっているので、衛生面で妥協したり、生活の質を落としたりすることなく、簡単かつ手軽に使用できます。
Hydraloopの仕組みについて教えてください。
Valkieser氏: Hydraloopの特許取得済み水処理システムは、6つの技術 (沈澱、浮選、気泡浮上分離、泡沫分離、好気性バイオリアクター、強力な紫外線による処理水殺菌) を組み合わせることで、最も厳しい国際基準を満たす水を生成します。Hydraloopには現在、最大5人用と最大12人用の2つのモデルがあり、リモート・サーバーで24時間モニタリングされています。ユーザーは水の使用量を当社のスマートフォン・アプリで確認することができ、これは節水のためのヒントとして役に立ちます。2015年半ばに開発に着手し、2017年に販売を開始したので、2年強で開発したことになります。
起業までの道のりのハイライトを教えてください。
Stuiver氏: 2017年11月にAquatech Amsterdamというイベントで製品を販売したところ、多くの人が話を聞きに来てくれました。優れた製品だと確信していましたが、当時はまだ自宅のガレージで製作しているような状態でした。2018年と2019年には、欧州、中東、南アフリカ、米国の26の展示会でHydraloopを発表しました。私たちはまるで分散型水リサイクルの重要性を説く伝道師のようでした。27回目の展示会として、2020年1月にラスベガスで開催されたCES (コンシューマー・エレクトロニクス・ショー) に参加しました。CESに出展された2万点の製品の中から、当社は「最優秀イノベーション: サステナビリティ、エコデザイン、スマートエネルギー (Best of innovation: sustainability, eco design and smart energy)」、「最優秀サステナブル製品 (Best sustainable product)」、「最優秀スタートアップ企業 (Best startup company)」、「ベスト・オブ・ザ・ベスト (Best of the Best)」の4つの賞を受賞しました。これで当社は一躍有名になり、認知度が高まりました。
現在の水危機は、水不足の深刻化という警告をすべて無視してきた私たちに警鐘を鳴らしていますが、幸いなことに、水を2回使用することで水不足を自分たちで解決することもできます。
Arthur Valkieser氏、発明者、Hydraloop社の共同設立者兼CEO
最悪の経験は何でしたか。
Stuiver氏: CESが終わると、スタッフの増員、生産と投資の拡大が必要になりました。当時はまだHydraloopの資金は自分たちの資金で賄っていました。CESの後に投資家が集まったのですが、コロナ禍で皆去りました。先の見えない困難な時期でしたが、当社の少数の経営陣と株主にあきらめるという選択肢はありませんでした。その後まもなく投資家が見つかり、状況は再び動き出しました。来年新しい投資ラウンドを予定していますが、強力なブランドを構築して知名度が高まっているので、楽観的な見方をしています。現在の戦略は世界に進出することです。
世界進出の計画について教えてください。
Valkieser氏: 分散型水処理システムの設置は、現在のヒートポンプやエアコンのように、標準的な建築基準になると考えています。この市場は巨大で、当社が世界に進出できる唯一の方法はパートナーシップを通じてです。
Stuiver氏: Hydraloopブランドの製品を販売するパートナーは、すでに50カ国140社にのぼっています。当社のパートナーは、Hydraloopのようなサステナブルな製品を自社のポートフォリオに加えたいと考えている配管工事会社、ホテル、建築家、園芸用品会社、水関連製品の会社などです。また、さまざまな大型家電メーカーとも交渉しています。この分野では、ホワイトラベルの共同マーケティングやブランド提携から、特に当社が進出していない国でのライセンシング契約まで、さまざまな選択肢を検討しています。このようにして、当社の技術を現地で低価格で提供することができます。しかし、投資が必要です。投資なくして、こうしたグローバルな目標を達成することはできません。
当社のミッションは、今後数十年でHydraloopを世界中の多くの新築ビルと家庭で使用してもらうことです。
Sabine Stuiver氏、Hydraloop社の共同設立者兼CMO
Hydraloopのような家庭用水処理システムは世界で受け入れられるでしょうか。
Valkieser氏: Hydraloopが市場を開拓しています。市場は存在しますが、規制に適合させる必要があります。何か新しいことを始める時、最初から準備が整っているということはありません。そこで私は会社経営の傍ら、欧州の水標準化委員会 (Water Standardization Commission) の専門家として、非飲料用の雨水と再生水に関する基準を共同で作成しています。各国にはそれぞれ長年にわたる法規制があり、かつては理にかなっていましたが、その多くは重要性が低下し、実はイノベーションが市場に出る妨げとなっています。ですから、廃水処理に関する新しい基準を作成し、かつ無用な古い基準を廃止することが重要です。私は欧州で水関連のイノベーションを推進するWater Europeの取締役も務めており、これを欧州の水関連問題の解決に取り組むための重要な手段と考えています。10年前に作成された報告書で、すでに今日私たちが置かれている状況は予想されていましたが、報告書に基づく対策は講じられていません。残念ながら、まず痛みを感じなければ何も始まらないようです。今、私たちは行動を起こす意欲のある賢明な政治家を必要としています。そして、ソリューションは無料ではありませんから、ソリューションを実行するための資金が必要です。
Stuiver氏: 私はWater Europeの政策アドバイザリー委員会 (Policy Advisory Committee) のメンバーとして、社会・経済にとっての水の大切さに対する認識向上に取り組んでいます。この委員会は、欧州の政策立案と立法に革新的なソリューションと手法を導入・採用するためのロビー活動も行っています。イノベーションに対する関心は高く、水危機を解決するための経済的・技術的に実行可能なソリューションがあります。これは明るい材料ですが、多くの地域で依然として水は非常に安価です。そこで、私たちは3つのことを提唱しています。まず、あらゆる地域で節水装置を建築基準の必須要件とすること、第2に、建築業者とエンドユーザーに節水装置の使用を積極的に推奨すること、第3に、水使用量が通常より増えた場合に料金が高くなる、差別的価格スキームを導入することです。これにより、水の真の価値に対する認識が高まり、水の責任ある使用が実現するでしょう。
知的財産は社内でどのような役割を果たしていますか。
Stuiver氏: 知的財産の所有は、Hydraloop社のミッションのために資金を調達することや、この分野で市場をリードするために製造・販売を飛躍的に拡大することなど、あらゆる面で役に立っています。当社のミッションは、今後数十年でHydraloopを世界中の多くの新築ビルと家庭で使用してもらうことです。そのためには、他社と協力し、当社を守ることが必要です。当社の知的財産がこれを可能にします。
Valkieser氏: 知的財産が必要であることは当初から認識していました。アイデアの開発に多くの時間と労力を費やして、そのアイデアを誰かにコピーされるリスクを冒すつもりはありませんでした。
Stuiver氏: 手数料を払えば誰でも利用できる特許製品を開発しました。当社の知的財産権は、製造、マーケティング、販売の規模拡大を可能にします。ライセンス契約を通じて他社と提携し、この大いに必要とされている製品を世界中に迅速に届けることができます。知的財産は、投資家にとっての当社の魅力も高めてくれます。当社のチーム以外で、当社を守り当社に価値を与えてくれるのは知的財産です。
Hydraloopが第三者の認証を受けることはなぜ重要だったのでしょうか。
Valkieser氏: まず、認証を得ることで市場に参入することができました。次に、認証機関の要件を理解することがHydraloopの設計に役立ちました。私が目指していたのは、最も厳しい認証要件、つまり米国のNSF/ANSI-350の要件を満たすことでした。認証要件は、水処理の方法は教えてくれませんが、何を実現しなければならないかを教えてくれます。現在特許取得済みのシステムを考案する際に必要な方向性を示してくれました。
将来のビジョンを教えてください。
Stuiver氏: 世界は水危機に直面しており、水がなければ私たちは生きてゆけません。水は命です。社会の豊かさ、経済の発展、企業の成長、生態系の健全性に水が不可欠であることを多くの人は認識していません。幸いなことに、この危機は解決できます。解決策はすでに存在しており、あとは実行あるのみです。
Valkieser氏: 当社のビジョンは、10年以内に、分散型水リサイクルシステムを標準的な建築基準としてあらゆる建物に設置することです。そして、この分野の市場リーダーとなることで、世界的な水危機に対して真のインパクトをもたらしたいと考えています。
問題を解決すれば自分がやっていることが改善されるので、問題は実はプレゼントのようなものだということを学びました。
Arthur Valkieser氏、発明者、Hydraloop社の共同設立者兼CEO
中小企業にとって、WIPOグローバル・アワードの受賞はどのような意味を持ちますか。
Stuiver氏: 非常に大きな意味があります。まず、Arthurの発明と彼の努力が認められたことを、大変誇らしく思います。これまでの道のりは平坦なものではありませんでした。次に、賞を受賞したことで、当社のミッション遂行の見通しと確実性が高まりました。私たちは本当に重要なことをしています。製品を売ることが私たちの目的ではありません。私たちは世界を変えたいと考えています。
これから事業を始める中小企業に対するアドバイスをお願いします。
Valkieser氏: 決してあきらめないでください。
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