eスポーツ: デジタル・エンターテインメントの (比較的) 新しい領域
著者: Andrea Rizzi氏およびFrancesco de Rugeriis氏、Andrea Rizzi & Partners、ミラノ、イタリア
eスポーツとは
Oxford Advanced Learner’s Dictionaryの定義によると、eスポーツは「人々がエンターテインメントとして視聴するために競技としてプレーされるビデオゲーム」です。やや大雑把な定義ですが、eスポーツの本質をとらえており、すべてのビデオゲームが (伝統的スポーツのバーチャル・シミュレーションであるか否かを問わず) eスポーツになり得る、という最も重要な点を説明するのに役立ちます。
サッカーやバスケットボールなどの伝統的スポーツのバーチャル・シミュレーターが含まれているeスポーツはごくわずかです。ライアットゲームズ (Riot Games) 社が開発したビデオゲーム「リーグ・オブ・レジェンド (League of Legends)」は、世界で最も人気のある「eスポーツ」ですが、一見すると「スポーツ」とは何ら関係がありません。これは、バーチャルな世界に設定された、戦闘をモチーフにしたビデオゲームで、架空のキャラクターがチームを組んで勝利と栄光のために戦います。
eスポーツの重要性
eスポーツの重要性は、経済的側面とコミュニケーションの側面から正しく認識する必要があります。経済的側面としては、オランダの調査会社Newzooの2022年Global Esport & Lives Streaming市場レポートによると、2022年のeスポーツ産業の予想収益は13億8,000万ドル (2021年の11億1,000万ドルから16.4%増) です。
コミュニケーションの観点からすると、eスポーツは、世代を問わず支払能力の高い人々とつながることを可能にします。彼らは、ルイ・ヴィトンやマスターカードなど、最近までゲーム業界と無縁だった大手ブランドが関心を持つターゲットになりつつあります。eスポーツには、さまざまな視聴者と広範に接触できるという魅力があります。2019年に開催されたリーグ・オブ・レジェンドのワールド・チャンピオンシップ・ファイナル (World Championship Final) は約1億人が視聴しました。これに対し、アメリカ最大のスポーツ・イベント、NFLスーパーボウルでも視聴者は9,800万人でした。
ゲームの『所有』者がいない伝統的なスポーツと違って、ビデオゲームでは、多くの人 (自然人または法人) がゲームまたはその構成要素に対する所有権を有する可能性があります。
知的財産で保護されたビデオゲームとしてのeスポーツ
eスポーツの要件はビデオゲームであることです。これは法律上重要な意味を持ちます。ビデオゲームとは、ソフトウェア (ゲーム・エンジン) の上に知財保護の対象となる視聴覚的要素 (アニメーション、画像、テキスト、音響効果、音楽など) が乗っているようなものだと考えると、eスポーツを取り巻く法的複雑さがよく分かります。知的財産権の中で、ビデオゲームに最も直接的に関係するのは著作権でしょう。しかし、知的財産権のほとんどすべてのカテゴリーが潜在的に関係しています。
欧州では、欧州連合司法裁判所 (CJEU) が、判決No. C-355/12 (任天堂の判例) において、「ビデオゲームは (中略) コンピューター・プログラムだけでなく、グラフィックや音の要素が含まれる複雑な問題となり、これらの要素は (中略) 作品全体とともに著作権によって保護される (後略)」ことを明確にしました。
知的財産権は、独占的な性質を持つ所有権であるため、知的財産権者は原則として、他者による当該対象物の使用を排除することができます。試合の「所有」者がいない伝統的なスポーツと違って、ビデオゲームでは、プログラマー、アーティスト、ライター、作曲家、実演家など、多くの人 (自然人または法人) がゲームまたはその構成要素に対する所有権を有する可能性があります。
ビデオゲームの知的財産権は一般に、制作会社が所有または管理します。制作会社はゲームの販売と商業利用を目的として知的財産権を取得します。ゲームの商業利用は、基本的にはエンドユーザーへのライセンス販売を通じて行われ、その条件はエンドユーザー・ライセンス契約/サービス利用規約 (EULA/ToS) に従います。これらの契約のもとで、制作会社のライセンスは、実質的に個人利用/非商業的利用に限定されます。これが2つ目の重要な点につながります。つまり、サッカー・トーナメントの運営組織と違って、eスポーツ・トーナメントの運営組織は、原則としてビデオゲーム制作会社の許可を必要とします。
複雑なエコシステムとしてのeスポーツ
きわめて重要な第3の点は、ステークホルダーの存在とステークホルダー相互のやり取り、そして彼らの知的財産権が、複雑なエコシステムを作っていることです (図1参照)。
この複雑さは、さまざまな契約を通じて管理され、各契約は相手方当事者と「対話」しなければなりません。これを間違えると、第三者の知的財産権を侵害するおそれがあります。このエコシステムを無難に乗り切るには、次の重要なポイントを押さえておくことが重要です。
第1に、eスポーツは、開発者がゲーム設計に関する決定を行った結果、独自のルールが組み込まれたビデオゲームです。一般に、ゲーム設計に関する決定は、許可なくユーザーが変更できません。第2に、ビデオゲームの使用はライセンス契約に従います。このライセンス契約は、一般的なEULA/ToSになるか、個別のトーナメントの運営組織を考慮して制作会社が供与するカスタムメイドのライセンスとなります。第3に、知的財産権を所有する他の当事者がeスポーツの競技に参加する可能性があり、このため知的財産の観点から複雑性が増します。
eスポーツ・トーナメントは、制作会社または第三者の主催者によって組織されることがあり、(追加の) 独自ルールがある可能性があります。イベントのルールに違反すれば、制作会社および/または第三者の主催者の知的財産権を侵害するおそれがあります。トーナメントは独立した試合の場合もあれば、より大きなイベント (リーグなど) の一部となる可能性もあり、後者の場合は追加ルールが必要になるでしょう。
トーナメント主催者 (制作会社または第三者の主催者) は、ブランド (これも知的財産権の対象です) とのスポンサーシップ契約を通じて、またコンテンツ配信プラットフォーム (TwitchやYouTubeなど) に対して通常は独占的に放映/ストリーミング権を与えることによって、自身の権利を収益化します。さらに、トーナメント主催者は物理的イベントのチケット販売と、さまざまな物理的またはデジタル商品 (これも知的財産権の対象です) の販売から、収益を上げることができます。
また、プレーヤーとチームが、ブランドやイベント主催者と独自にスポンサーシップ契約を締結している場合もあります。チームとプレーヤーは、プレーヤーと試合を視聴する視聴者の肖像に対する権利を所有または管理します。視聴者はしばしば、ストリーミング・プラットフォーム (これも独自技術に対して知財権を所有しています) を通じて交流し、コンテンツを制作する可能性があります。こうしたコンテンツもまた、プラットフォームのEULA/ToSと、(コンテンツにゲーム・コンテンツが含まれる限りにおいて) 制作会社のEULA/ToSの条件次第で、追加の知的財産権を生む可能性があります。
根本的な問題: eスポーツは誰が規制すべきか
新しい事象ではよくあることですが、eスポーツは国の法令によってほとんど規制されていません。結果として、知財権を有する制作会社は、(消費者法と反トラスト法を含む一般法の範囲内で) eスポーツのエコシステムをかなり自由に運営することができます。制作会社の立場からすると、制作会社は通常、ゲームの資金調達とマーケティングという経済的負担を負っているため、これは妥当です。また、制作会社の製品・サービス (および関連するユーザー・コミュニティ) を最も理解しているのは制作会社であることを考えると、これは最も効率的な取り決めでもあります。したがって、制作会社はゲームのエコシステムを発展させる最適な立場にあります。
しかし、eスポーツ市場という観点からすると、個々の制作会社がゲームから享受する実質的な独占状態は、最適な解決ではないとの主張もあります。このエコシステムを制作会社の手に委ねることをリスクと見る人は、他のステークホルダーの利害が必ずしも制作会社の利害と一致しない場合があると主張し、第三者ステークホルダーの利益と投資を保護するために、制作会社の力と均衡させる必要性を訴えます。
国家による規制介入を主張する人もいます。介入には2つの形態が考えられます。まず、カスタムメイドの規制 (現行の規制枠組みの不備を修正することに限定する「軽度の」介入から、立法による包括的な介入まで) があります。もう1つは、伝統的スポーツに適用される規制の枠組みにeスポーツを加え、国際オリンピック委員会 (IOC) の権限下に置く方法です。
新しい事象ではよくあることですが、eスポーツは国の法令によってほとんど規制されていません。結果として、知財権を有する制作会社は、eスポーツのエコシステムをかなり自由に運営することができます。
2021年4月、IOCは「アジェンダ2020+5」を発表し、バーチャル・スポーツ (すなわち公認スポーツの仮想バージョン) とビデオゲームの違いに言及しました。IOCは、若者とつながり、若者のスポーツ参加を奨励する上でのビデオゲームの重要性を認識していましたが、「アジェンダ2020+5」の提言でIOCがバーチャル・スポーツに注目していることを明確にし、これに関連して、IOCは国際競技連盟が統治と規制の責任を負う余地があると考えています (提言9)。これにより、伝統的スポーツのバーチャル・シミュレーター以外の数多くのeスポーツが除外され、別の規制の枠組みが適用されるでしょう。
2021年5月から6月にかけて、オリンピック・バーチャルシリーズが開催されました。eスポーツのプレーヤーがバーチャル・スポーツ (eベースボール、eボート競技、e自転車競技、eセーリング、e自動車競技) に参加し、5つの国際競技連盟がそれぞれのスポーツを統括しました。
競技連盟の国際・国内レベルでの役割と責任はまだ明確にされていませんが、これらの連盟が関与することで、eスポーツ・エコシステムはますます複雑化するでしょう。なぜでしょうか。第1に、競技連盟はeスポーツ組織に関する規則を追加せざるを得ないこと、第2に、IOCが想定している競技連盟の統治・規制責任は、慎重に管理しなければ、ゲーム制作会社との間に摩擦を生じさせる可能性があるためです。
ゲームの開発・制作を手がけるBlizzard Entertainment社と、韓国政府が国内のプロスポーツを監督するために設立したKeSPA (韓国eスポーツ協会) との紛争は、今後問題が発生する可能性を示唆しています。この紛争は、Blizzard社のビデオゲーム「スタークラフト (Starcraft)」のテレビ放送に関する放映権の管理をめぐるものでした。最終的に紛争は解決 (条件は非公開) しましたが、それはBlizzard社がKeSPAを提訴した後のことでした。
まとめ
若い世代のエンターテインメントとコミュニケーションの手段としてビデオゲームの重要性が高まるにつれ、eスポーツ市場は拡大し、eスポーツの人気は高まっています。
eスポーツは複雑なエコシステムで、これまで制作会社が運営し、知財法と契約法により与えられた権限と柔軟性を利用してきました。国家および法律による介入は皆無に等しい状況です。このことが問題を引き起こす可能性があり、実際にしばしば問題が生じています。しかし、国によるカスタムメイドの規則がないため、裁判所と規制当局は、eスポーツが登場する前に策定された現行の規制 (負担が大きくなりがちな、賞金による販売促進活動、賭博/規制対象ゲームに関する規制など) を適用する可能性があります。このことが規制リスクを生み、潜在的投資家の投資意欲を減退させるおそれがあります。
同様に、アドホックな国内規則がないことで、プレーヤーのビザ問題などに関連して、制度内の重要なギャップが放置されるリスクがあります。ビザの問題は、プレーヤーが外国でeスポーツ・イベントに参加する際に発生します。プロのeスポーツ・プレーヤーは厳密に言えば「労働者」で、現地の出入国管理法または移民法に従う必要があり、同法に基づいて就労ビザが要求される場合があります。しかし、eスポーツ・プレーヤーが「正規の」就労ビザを取得することは、不可能ではないものの、現実的ではありません。伝統的なスポーツで、プロ・アスリートがビザに関する簡素化された特別なルールの恩恵を受けているのはこのためです。一方で、ビデオゲームを伝統的なスポーツ組織の権限下に置いても、満足できる結果とはならないでしょう。過度に規制された環境は、制作会社の特権と衝突する可能性があるためです。
ガバナンスの観点から、国際および国内スポーツの競技連盟の役割がどのように決定されるか、スポーツのバーチャル・シミュレーターでないeスポーツにどの規則が適用されるかは、まだ分かっていません。しかし、目指しているのは、業界にとって有益であり、かつ制作会社の知的財産権を尊重するガバナンス体制によって、Blizzard社とKeSPAのケースのような紛争を回避することです。
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