著者: Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)
Biofabricate社のCEO兼創設者、Suzanne Lee氏は、「バイオファブリケーション」に関する2020年のTed Talkで、「素材革命が今こそ必要です」と語っています。Biofabricate社は、「新しい素材の世界」を創り出すために自然を基盤とした技術をいかにして利用するかを企業に指導している、「持続可能な生物材料のイノベーション」を専門としている会社です。バイオファブリケーション (工場畜産や化石燃料に頼らずバイオテクノロジーの進歩を背景にファッション、スポーツ、建築などの分野で原材料を生産・利用する技術) を取り入れることにより、CO2排出量を大幅に削減し、気候変動を抑制することが可能です。
『WIPOマガジン』の取材に応じ、Lee氏が、バイオファブリケーションへの道のりや、未来の繊維として微生物を真剣に検討しなければならない理由について語ります。
素材革命が今こそ必要です。
私は、ファッションデザインを学んだファッションデザイナーです。私は、ファッションデザインを学んだファッションデザイナーです。ファッションの未来に興味があり、2002年に、『Fashioning the Future: Tomorrow's Wardrobe (未来を象る: 明日のワードローブ)』という自分の本のためのリサーチをしていたのですが、生物学者であり、素材会社を経営している友人のデビッドとおしゃべりをしていたときに、畑で植物を育てたり、肉や皮革のために動物を飼育したり、石油化学製品を使ったりする代わりに、微生物を活用して布地などの素材を育てるという、とても刺激的なアイデアが彼から出ました。
この瞬間に人生が一変しました。
英国芸術・人文科学研究会議から資金援助を受け、共同研究を立ち上げました。
微生物を使って衣料品の素材を育てることができることを証明することが目的でした。「バイオクチュール」とは、仕立て服を意味するオートクチュールとバイオロジーとを組み合わせた造語です。
酵母と細菌を混ぜた「紅茶キノコ」を用いて培養しました。細菌に砂糖を与えるだけでセルロース繊維が紡ぎ出され、それが自然に集まって不織布になります。
最後には、ロンドンのスタジオでバスタブ大のタンク約20個でシート素材を育てていました。そして、デザイナーとして、素材をどのように扱い、衣服や靴、バッグに使えるものに変えていくかを学びました。メディアや複数のブランドが興味をもってくれたのですが、20年早すぎました。2002年に、サステナビリティを話題にする人はほとんどいませんでした。
その後、ファッションの研究から、バイオテクノロジーの研究に切り替えました。次の10年間は、ヨーロッパで合成生物学の学会に通い、生物学で何ができるのか、微生物を使って素材を育てることは可能なのか理解することを試みました。
20年経った今、バイオクチュールのプロセスを基本的に模倣しているスタートアップにアドバイスを行っていますが、どの会社もすべて資金を獲得しています。
2014年に、ニューヨークに移住してバイオテクノロジー企業のModern Meadow社にチーフクリエイティブオフィサーとして入社してから半年後、第1回バイオファブリケート・サミットを開催しました。クリエイター、科学者、投資家、ブランドが一堂に会し、互いに学び合い、欲を言えば新しい企業を生み出すことができるイベントが必要であることは明らかだと感じていました。1回限りのイベントのつもりだったのですが、それ以来ずっと続けています。
バイオファブリケーションとは、微生物を使って、人間が使う素材や成分を製造することです。
バイオファブリケーションとは、微生物を使って、人間が使う素材や成分を製造することです。燃料から食料、繊維まで、あらゆるものが含まれます。当社では、細菌、酵母、藻類、真菌類などの生物を、未来の細胞工場と考えています。化石資源や貴重な土地資源を使って原材料を直接生産しモノを作るのではなく、生物学や微生物を活用して、人間が必要とする高価値の成分を生産することを目指しています。それができるようになったのは、つい最近のことですが、今後数十年の間に、信じられないほどの変貌を遂げることになると思っています。
今は、バイオマテリアルについてブランドが理解を深めることができるようにするための教育プラットフォームを構築しています。当社では、このような新技術を理解しようと奮闘しているクリエイターのために、小さな参考書を作成しています。そしてもちろん、バイオファブリケート・サミットを開催し、大手グローバルブランドのバイオ素材イノベーションの戦略やプログラムを手助けしています。基本的には、バイオ素材を使って消費財を作ることができる人たちを集めて、この分野を成長させるために可能なことを行っています。
基本的には、バイオ素材を使って消費財を作ることができる人たちを集めて、この分野を成長させるために可能なことを行っています。
デザイナーにとって、自然を相手にすることは、クリエイティブで、とても刺激的なことです。この分野で働き始めると、自然の力に対して畏敬の念を抱くようになります。
CRISPRのような遺伝子編集ツールができたことで、生物学と共同で設計を行うことが可能になっており、これまで利用できなかったあらゆる種類の新しい機能性を解き明かすことができる可能性があります。例えば、クモが網を張るために非常に強いシルクのようなタンパク質をどのようにして作っているのかを研究し、細菌や酵母の細胞を使って同じようなものを再現しようとしています。
この分野で働き始めると、自然の力に対して畏敬の念を抱くようになります。
マイクロソフトで最初に交わした会話の中に、DNAを使ってデータを保存するというものがありました。世界中で保存しようとしているデータの量は、指数関数的に増加していますが、生物学が問題解決の鍵を握っています。シリコンチップに凝縮可能なデータの量は限られているので、より効率的にデータを保存する方法を探さなければなりません。見るもの、触れるもの、経験するものすべてを生物学というレンズを通して見ており、生物学のデザインによって何を提供することができるかについて考えています。世界一高い超高層ビルを建てることさえできるかもしれません。そうした構造物を実際に成長させることができるとしたら、一体何が起こるのでしょうか?
見るもの、触れるもの、経験するものすべてを生物学というレンズを通して見ており、生物学のデザインによって何を提供することができるかについて考えています。
バイオファブリケーションによって作られたファッションアイテムが店頭に並ぶようになりました (事例を参照)。すべての新しい技術がそうであるように、市場に出たばかりの頃は高価です。需要と供給の問題です。ここ数年の間に、高級品や贅沢品で様々な商品が登場すると予測しています。ラグジュアリーファッションにとどまらず、動物由来の素材や石油化学製品ではなく、バイオ素材を内装に使用した自動車のコンセプトカーがすでに色々と出てきています。しかし、量が膨大になるため、自動車分野で主流となるには、まだまだ時間がかかりそうです。また、現在、非常に大きな二酸化炭素排出源となっている建設分野でも、興味深い動きが見られます。ここ1、2年で、藻類や真菌類、細菌から作られたモノがよく話題になるはずです。
ここ1、2年で、藻類や真菌類、細菌から作られたモノがよく話題になるはずです。
こうした技術をいち早く取り入れたブランドのひとつが、アディダスです。競技スポーツブランドは、一般的に、最先端のイノベーションをいち早く取り入れる傾向があります。自社製品のプロダクトマーケットフィットや満たすべき性能・機能のニーズを理解しようとしているスタートアップにとって、アディダスのようなビッグブランドと提携できることはありがたいことです。こうしたパートナーシップによって、イノベーションのプロセスが加速します。また、通常では出会う機会のないサプライチェーン・パートナーをブランドから紹介されることもあります。スタートアップと最終的なユーザーをマッチングさせることができるので、5年後には関係が続いていないかもしれないとしても、この種のパートナーシップは本当に重要です。この分野のスタートアップは、早い段階から大手ブランドと協力し、自分たちが今後直面するであろう課題を十分に理解し、成功とはどういうものなのかを理解しておく必要があります。
当社は、スタートアップ、投資家、ブランドをつなぐ役割を果たしており、非常にダイナミックで、様々なことが起こります。何が可能であるのかがわからないブランドに対して、世界で指折りのイノベーティブなスタートアップを紹介し、投資家を呼び込むことにより、これらのバイオ素材に市場の需要があることを理解させています。一般的に、市場規模が拡大して商品を市場に供給できるようになるまでスタートアップを存続させるには、より多くの資金が必要です。そのプロセスをより広い範囲で加速させるには誰を誰に紹介すればよいか考えることは、とても刺激的なことです。
当社は、スタートアップ、投資家、ブランドをつなぐ役割を果たしており、非常にダイナミックで、様々なことが起こります。
2023年において、資金調達がスタートアップにとって最大の課題のひとつとなるでしょう。投資を呼び込むには、あらゆる手段を講じる必要があります。生産規模を拡大するために必要な技術の中には、非常に資本集約的なものもあります。例えば、数百万平方メートルの菌糸体原料を栽培するには、完全に新しい設備が必要です。時間とお金がかかり、試行錯誤が必要です。
また、より多くのスタートアップが支援を受けられるようにし、新しい会社を立ち上げることをより多くの人に奨励するには、この方向性を後押しする法規が必要です。政府は、他の産業を支援してきたように、バイオエコノミーのための新しいインフラを考える必要があります。
状況をより包括的に理解できるようにし、イノベーションを生み出すための指針を提供するため、2020年に、Biofabricate社は、Fashion for Goodと協力し、ファッション業界向けにバイオ素材技術に関するレポートを作成しました。
まったくないと思います。消費者は興奮を覚えています。問題があるとすれば、これらのイノベーティブな技術について知っているのに、なぜまだ発売されていないのかが理解できないとか、発売されていたとしても、なぜ自分たちが買える値段ではないのかといった不満が多くあります。
消費者は興奮を覚えています。問題があるとすれば、これらのイノベーティブな技術について知っているのに、なぜまだ発売されていないのかが理解できないといった不満が多くあります。
まさか自分の名前が複数の特許に載るとは思ってもみませんでした。すべてバイオファブリケーション素材に関するものです。これらの素材の製造方法には多くの新規性が関連する可能性があり、アイデアを保護する必要があります。この業界では多くがベンチャーキャピタルから資金を調達しているため、特許は最大の関心事となっています。
この業界では多くがベンチャーキャピタルから資金を調達しているため、特許は最大の関心事となっています。
特許を用いて保護したり、営業秘密として知識を社内で保管したりするなど、当社が関与しているすべてのスタートアップは、知的財産 (知財) について様々な方法を考えています。イノベーションにこれだけ資金を費やしているのに、知財のことをまったく考えないということはありえません。
最高水準の技術が市場に出て、競争に勝ち、より多くの投資を受けることにより、規模を拡大し続けることができればいいと思っています。
「その場しのぎ」のイノベーションが存在していますが、こうしたハイブリッドソリューションの多くは、石油化学製品がまだ含まれているので、消滅してほしいと思っています。当社が支援しているソリューションが確実に本物のバイオであるようにし、グリーンウォッシュのリスクを回避する必要があります。
型にはまらないようにしてください。私は今、ファッションデザイナーとして、バイオものづくりの運動をリードしていますが、理系の訓練を受けておらず、この分野は独学で勉強しました。型にはまることを拒否し、他の分野の人たちと一緒に仕事をすることにオープンであったからこそ、今の私があるのだと思います。イノベーションは、まったく異なる背景を持つ人たちをひとつにつなぐことによって起こります。
2022年に、衣料品ブランドZARAは、製鉄所から排出された炭素に由来するバイオエタノールから作られたポリエステルを使ったパーティー用ドレスを販売しました。
Stella McCartney氏は、菌糸体レザーを使用したハンドバッグを発表しています。
Biomason社は、自然の土壌微生物を用いてセメントを育て、建材を製造している米国の会社です。同社が製造するセメントブロックは、常温で育ち、コンクリートの3倍の強度があります。「年間1.2兆個の焼成レンガをバイオファブリックスに置き換えることができれば、年8億トンのCO2排出量を削減できます」と、2020年のTed TalkでLee氏は述べています。
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