著者: Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)
気候変動に関する懸念の高まりとエネルギー価格の上昇を受けて、世界のエネルギー需要を満たす再生可能エネルギーへの関心が高まっています。イスラエルのEco Wave Power社が開発した、波の力を利用して発電する先駆的な技術は、低価格の新しいクリーンエネルギーを供給すると期待されています。同社の共同設立者兼CEOで再生可能エネルギーの第一人者であるInna Braverman氏は「波の力で世界を少しずつ」変えることに取り組んでいます。他社が失敗に終わる中でEco Wave Power社のソリューションはどのようにして成功を収めているのか、Braverman氏に話を聞きました。同氏はEco Wave Power社にとっての知的財産の重要性を指摘し、2023年の世界知的財産の日に寄せて、自分を信じて大きな目標を追求するよう女性に呼びかけています。
私は少し変わった経験をしています。私はイスラエルに住むイスラエル国民ですが、1986年にウクライナで生まれました。その直後にチェルノブイリ原子力発電所が爆発し、私は放射能汚染の被害を受けた乳幼児の一人となりました。呼吸が止まり臨床死状態に陥りましたが、幸運にも私の母は看護師で、私が息をしていないことに気づいて蘇生処置を施し、命を救ってくれました。私は人生で2度目のチャンスを与えられたのだと繰り返し家族から聞かされて育ち、何か有意義で社会に影響を与えるようなことをしなければならないと考えるようになりました。再生可能エネルギーのことを知ったとき、私の進むべき道はこれだと思いました。
波のエネルギーは世界を変えることができます。最も安定的に供給される再生可能エネルギー源として、風力や太陽光発電の不安定さを補うことが可能です。しかも、世界の人口の3分の2は海岸から200キロ以内に住んでいます。世界エネルギー会議 (World Energy Council) の推定によると、波力発電の潜在発電容量は現在の世界全体の発電容量の2倍以上です。2050年までに炭素排出量ネットゼロを達成するために、政策担当者は波のエネルギーを真剣に検討する必要があります。
波のエネルギーは世界を変えることができます。
きっかけは、個人的な経験から変化をもたらしたいと考えていたことと、科学者たちが波エネルギーの大きな可能性を確信しているにもかかわらず、誰も商用化に成功していなかったからだと思います。会社を設立したのは2011年で、当時24歳だった私は、波エネルギーの研究を進めていた大企業と違って、資金も技術的経験もなく、つてもありませんでしたが、諦めませんでした。大企業は失敗に終わっていましたが、私は成功できると信じていました。
当社のミッションは、商業的に採算が取れる波エネルギー技術を開発し、普及させ、波の力で世界を少しずつ変えることです。海面が上昇し、暴風雨が激しさを増す中で、海岸沿いの地域社会を守るために多くの防波堤が世界各地で新たに建設されています。短期的には、波力発電に適したすべての人工海洋構造物 (桟橋、防波堤、埠頭など) に波エネルギー技術が取り入れられ、法律によって新しい海洋構造物の計画と設計に組み込まれることを望んでいます。当社の技術によって、これらの構造物をクリーンエネルギー源に変えることができます。
2011年に開発に着手し、技術を市場に出すまで約12年かかりました。早い段階から実環境でテストを開始したことが、技術の導入を早める上で非常に役に立ちました。まずイスラエルのヤッファ港に送電網に未接続の発電所を建設しました。その後、この発電所はイスラエルで送電網に接続された初めての波力発電所となりました。
場所によって異なります。波力発電能力は波の高さと周期に左右され、波が高く周期が短いほど発電量は多くなります。稼働するフローターの数も重要な要素です。通常、波力発電は多くのスペースを必要としません。20平方メートルの敷地に設置された波力発電装置で100キロワット発電できます。同じ規模の太陽光発電施設の発電量はわずか2キロワットですから、その50倍になります。
まず、欧州地域開発基金から資金提供を受けて、送電網に接続される発電所をジブラルタルで建設しました。この100キロワットの試作モデルは、6年かけて波エネルギーを安全に送電網に接続できることを証明しました。現在は、イスラエルのエネルギー省およびEDF Renewables社と共同で、送電網に接続される2基目の発電所をヤッファ港に建設中です。昨年は米国ロサンゼルス港に波力発電所を建設する契約をAltaSea社と締結しました。当社の進めているプロジェクトには現在、400メガワットを超える波力発電プロジェクトが含まれています。
技術面で大きな問題はありません。当社の技術はシンプルかつスマートで、モジュール方式を採用しています。発電所が大きくなっても技術は変わりません。波の多い水域にアクセスし、フローターを設置するだけです。複雑で高価な電力変換装置は地上に設置します。
最大の課題は、波エネルギーが比較的新しく、波エネルギーの適切な利用を可能にする政策 [中略] を実施している国はごくわずかであることです。
最大の課題は、波エネルギーが比較的新しく、波エネルギーの適切な利用を可能にする政策や法的枠組み、許認可手続き、固定価格買取制度などを実施している国はごくわずかであることです。プロジェクトを実行するために借入によって資金を調達することも現時点では大きな課題で、これは波エネルギーが新しい領域であるためです。波力発電能力を低コストで短期間に構築し、送電網に電力を販売するには、借入による資金調達が最も適しています。ですから、風力や太陽光発電と同じ条件で波力発電も借入による資金調達が利用できるようになることが重要です。太陽光や風力発電がこうした課題に対処したように、波力発電も対処できると私は前向きに考えています。
賞を受賞することで当社と当社の技術に対する認知度が高まります。またメディアで取り上げられることで、波エネルギーの良さを多くの人に知ってもらうことができます。
競合企業の99%は洋上発電を選択しましたが、これは誤った判断だと当社は考えています。洋上では波の高さが20メートルにもなることがあり、人工の設備ではそのような大きな波の荷重に耐えることができません。洋上の装置は建設も送電網への接続も困難で、保守費用も高額です。リスクと費用が上昇するため、保険の加入が難しくなります。また、洋上の装置は海底に建造物を設置するため、海洋生物の生態系を乱す可能性があります。
しかし、Eco Wave Power社は既存の海洋構造物を利用して陸上または沿岸に設置することで、低コストで信頼性が高く、保険対象となる、環境に優しい波力発電を実現します。海に入るのはフローターのみで、ほかはすべて陸上に設置します。これにより、極めて信頼性の高い仕組みを実現することができ、同時に海岸の防護も強化することができます。当社は信頼できるグローバルな保険会社の保険に加入していますし、海底に取り付けないため環境に一切負担をかけません。
受注生産したフローターを人工の海洋構造物に取り付けます。フローターが波の動きに合わせて上下すると、油圧ピストンが加圧と減圧を繰り返し、生分解性作動油が陸上に設置されたアキュムレーター (蓄圧器) に送り込まれます。アキュムレーター内部で圧力が発生し、これが油圧モーターを回転させて発電機を動かし、インバーターを経由してクリーンな電気を送電網に送ります。その後、作動油は作動油タンクに戻り、再利用されます。この技術にはセンサーが付いていて、波が高くなり過ぎるとフローターは自動的に海中から持ち上げられ、嵐が過ぎ去るまで直立ポジションで静止します。50センチの波で発電が可能です。
当社のビジネスモデルは、波力発電所を建設し、所有し、稼働させ、波力発電による電力を25年間送電網に販売して収益を上げる、というものです。25年というのは当社の装置の期待寿命です。
まず、港湾当局またはプロジェクトのサイト所有者とコンセッション契約 (利権契約) を締結し、海洋構造物を25年間使用する権利を確保します。次に、実現可能性調査を行います。その結果が良好であれば設計段階に進み、発電所の建設、稼働、保守と続きます。
戦略的パートナーシップは当社にとって非常に重要です。例えば、イスラエルのヤッファ港プロジェクトの重要な戦略的パートナーであるEDF Renewables IL社はイスラエル有数の太陽光発電事業者で、再生可能エネルギー分野、特に発電所の送電網接続に関する経験やネットワークを有し、知識とノウハウが豊富です。同社とのパートナーシップは、技術面で当社を支援し、許認可や送電網接続プロセスなどを短期化することができます。
知的財産は当社にとって非常に重要です。当社は、独自の先駆的な波エネルギー技術を生かして新しい市場で活動しているため、充実した知的財産権で当社の技術を確実に保護したいと考えています。この技術が当社を競合他社と差別化しています。現在、登録済みの特許12件と出願中の特許を合わせて17件の特許で構成されるポートフォリオを慎重に管理しています。
充実した特許ポートフォリオの構築はEco Wave Power社のような技術企業にとって不可欠です。
知的財産は投資家にとっての重要な考慮事項です。保護がしっかりしているほど、投資家はその企業への投資に価値を見出します。知的財産権を保有していなければ、他社が同じ技術を開発することをどうやって阻止できるでしょうか。充実した特許ポートフォリオの構築はEco Wave Power社のような技術企業にとって不可欠です。
起業したばかりでターゲット市場が未定の場合、PCTが良い選択肢だと思います。PCTを利用することで、特許保護を求める国を決定するまでに必要な時間が得られますし、費用を抑えて短期間に出願することができます。国際特許の出願後に受け取る国際調査報告も非常に役に立ちました。
起業は簡単ではありません。良いときもあれば悪いときもあります。女性起業家に特有の困難さもあります。特にエネルギーなどの男性中心の産業部門では、女性の管理職はごくわずかです。Eco Wave Power社を設立したとき、当社の素晴らしい技術を紹介しようと会議室に入るといつも、その場にいる男性全員に飲み物を頼まれました。彼らは女性がいるのを見て、誰かのアシスタントだと思ったのです。最近では、当社がナスダック・ストックホルムに上場したとき、CEOを辞任するように助言されました。私が女性で、女性の話は真剣に聞いてもらえないというのがその理由です。これはまったくEco Wave Power社のDNAに反します。当社は若い女性の力を歓迎しています。ですから、もちろん辞任しませんでした。女性は弱く、能力がなく、身を引くべきだと多くの人が言います。しかし、もし私たちが身を引けば、娘たちも、さらにその娘たちも身を引くことになるでしょう。ですから、本当に情熱を注いでいることがあれば、やり通すべきです。決して身を引くべきではありません。
再生可能エネルギー分野で仕事をすることは、世界を変え、次世代の生活を向上させることです。
再生可能エネルギー分野で仕事をすることは、世界を変え、次世代の生活を向上させることです。革新的な技術でインフラ事業に参入しようとする場合、その道のりは長く決して容易ではないでしょう。しかし、非常にやりがいがある仕事です。
波エネルギーの導入、普及、利用を立法措置で支援し、政府が波エネルギーに関する目標を設定することを期待しています。法律によって波力発電装置が海洋構造物の計画に組み込まれることを望んでいます。波力発電に適した世界中の海洋構造物すべてにEco Wave Power社の技術を採用してもらいたいと思います。
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