著者: Craig Moss氏、Ethisphere社エグゼクティブ・バイス・プレジデントおよびJennifer Brant氏、Innovation Insights社CEO
WIPOの最近の調査 によると、さまざまな国や地域で特許取得に関するジェンダー・ギャップ (男女格差) は着実に縮小していますが、進展を加速させるためには、政府や知財庁の有効な政策やプログラムを拡大する必要があります。この点に関して、WIPOのリーダーシップによる貢献が大きく、知的財産の多様性に関する最近の優れた手法やプログラムを紹介しています。
組織レベルの活動も、政府による適切なプログラムの実施と同様に重要になるでしょう。そもそも知的財産の多様性とは、発明者である従業員の地位を向上させ、すべての才能が認められ、報いられるようにすることです。多様なバックグラウンドを持つ人々の視点を取り入れることで、企業は消費者のニーズをより的確に捉え、自社の知的財産 (IP) の新しい活用法を見出すことができます。
知的財産の多様性とは、発明者である従業員の地位を向上させ、すべての才能が認められ、報いられるようにすることです。
知的財産の多様性の問題に取り組むために、組織は知的財産の開発・商品化を担当するチームの多様性を積極的に推進する必要があります。女性をはじめとするマイノリティ・グループが参加し、本音で対話できるようにしなければなりません。採用するだけで終わりではありません。知的財産の公平性を実現する文化を築くためには、新しい戦略や仕組みが必要です。
知的財産の多様性の問題に取り組むために、組織は知的財産の開発・商品化を担当するチームの多様性を積極的に推進する必要があります。
知的財産の多様性に関するデータの公開を、ためらう企業もあるでしょう。自己申告された情報に基づくと、知的財産の創造と商品化におけるジェンダーの公平性の実現にまだ時間がかかる企業が大半と見られます。しかし、情報の公開は、行動を促し対応を強化することにつながります。例えばUSIPA Diversity Pledge (米国の知的財産連盟が提唱する多様性誓約) の取り組みでは、50社以上の企業が、特許データを活用して知的財産の創造と商品化における女性の参加状況を評価しています。
メタ (Meta) やレノボ (Lenovo) などの企業ではこうした取り組みが進んでおり、知的財産の多様性に関する社内データを公開しています。例えば、2021年のメタの報告によると、技術職の社員の24.8%が女性で、発明者に占める女性の割合は17.6%でした。
Ethisphere社とAssociation of Corporate Counsel Foundation (コーポレート・カウンセル協会財団) が提供するダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン (DEI) プログラムの成熟度評価を実施した26社の成熟度スコアは、平均2.0 (0~5のスコアで測定) でした。組織はDEIステートメントを行動で裏付けることができるようなマネジメントの仕組みと手法を開発し、実施する必要があります。
集中して継続的に取り組まなければ、組織は知的財産の真の多様性がもたらす機会を逃すことになるでしょう。
知的財産の多様性を改善するためにリーダーたちが取ることのできるさまざまなステップと、導入すべき適切な評価指標に関するアドバイスを紹介します。こうした知見をもとに、WIPOはEthisphere社、Innovation Insights社、Qualcomm社、Invent Togetherの協力を得て、2023年6月に包括的な指針を発表する予定です。
集中して継続的に取り組まなければ、組織は知的財産の真の多様性がもたらす機会を逃すことになるでしょう。
知的財産の開発・商品化における多様性を向上させるプログラムの開発・実施責任者も、知的財産を創出し活用するチームのメンバーも、知的財産の多様性を向上させるために、今すぐ行動することができます。知的財産の開発プログラムが特許、営業秘密、著作権、登録意匠のいずれに重点を置いていても、ジェンダーの公平性を改善することで最終的に成果の向上が期待されます。
ジェンダーの公平性を改善することは最終的に成果の向上につながるでしょう。
今日の経済では、知的財産は組織にとって最も価値ある資産の1つです。知的財産が価値を生み出す方法はいくつかあります。例えば、社内で利用して既存の製品・サービスを改善したり新しい製品・サービスを開発したりすることもできますし、他の組織にライセンス供与して事業を拡大させるために使用することもできます。また、知的財産を利用して投資や提携先を確保することもでき、知的財産は組織を評価する際の重要な要素となります。
知的財産の多様性に関する指標は、ターゲットを絞ったプログラムを策定してインパクトを生み変化を促すことを可能にするだけでなく、上級管理職やプログラムのメンバー、組織全体、外部のステークホルダーに進捗状況を伝えることができます。
相互に関連する3つの評価指標を設定することを推奨します。
1. プログラムの成熟度指標は、品質管理や安全衛生、サイバーセキュリティなど、さまざまな分野で進捗状況を測定するために広く利用されています。知財の公平性向上プログラムに成熟度の尺度を取り入れることで、測定基準を設定し、改善への明確な道筋を示すことができます。一般に、成熟度指標では0~5のスコアを用い、5が成熟度が最も高いことを示します。
知財の公平性向上プログラムの成熟度を測定するための主な質問
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2. .パフォーマンス指標は、知財の公平性向上プログラムの成果とインパクトを測定するもので、成熟したプログラムほど着実に優れた成果を上げます。パフォーマンス指標を使用して、特許と営業秘密の開発・商品化を別々に追跡することを推奨します。多くの革新的な企業にとって、営業秘密の開発と管理は重要な活動ですが、営業秘密は公的な出願を必要としないため、その開発と商品化への関与が詳細に記録されていない可能性があります。特許関連の多様性指標を営業秘密に適用することもできますが、営業秘密の開発・商品化に関与した人を追跡するための新しい手順が必要になると考えられます。組織の事業内容によっては、特許関連の多様性指標を他の種類の知的財産権に適用することが望ましい場合もあります。
特許取得におけるジェンダー多様性の測定に推奨される指標
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3. 従業員理解度指標: 知的財産の公平性が根付いた組織文化を醸成するには、従業員の態度や行動の変容が必要になるでしょう。従業員理解度指標は、プログラムが従業員に十分認理解されているかについて重要な情報を提供します。組織の文化やエンゲージメントに関する調査を行う際に、必要に応じて知的財産の公平性に関する質問をいくつか追加すると良いでしょう。
知的財産の公平性に関する従業員の理解を評価するために推奨される指標 (1~5のスコアで測定、5が最も高いスコア)
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効果的な知財の公平性向上プログラムは、継続的改善の考え方を取り入れていますが、これは課題が常に変化し、組織に新しい人が次々に入ってくるためです。
最終的な目標は、知的財産のジェンダー公平性が組織の文化となり、特に知的財産の開発や商品化などのワークフローの不可欠な一部となることです。
上級管理者のサポートを得ることは重要ですが、口で言うほど簡単ではありません。上級管理者は規制や社会に関する実に多くの問題に直面しています。問題には、コンプライアンス、ESG (環境・社会・ガバナンス)、データ保護、サイバーセキュリティ、DEIなどが含まれます。当然ながら、こうした事項はいずれも上級管理者の時間と注意を必要とし、企業全体の戦略にある程度組み込まれています。
最終的な目標は、知的財産のジェンダー公平性が組織の文化となり、特に知的財産の開発や商品化などのワークフローの不可欠な一部となることです。
知財の公平性の問題を、上級管理職が時間と注意を払うレベルまで引き上げることが課題となります。これを実現するための近道は、業績の改善を数値で示すことです。そこで必要となるのが、適切な評価指標とデータ収集方法の採用です。
部門横断的なチームを正式に発足させて、知的財産の開発・商品化における公平性と多様性に関する取り組みを監視することも重要です。部門横断的なチームは、知的財産の開発に寄与し、知的財産を開発する第三者との関係を構築するという役割も担い、これにはオペレーション、研究開発、IT、人事、調達、販売、マーケティングなどが含まれるでしょう。部門横断的なチームを設立する際には、権限があり、チームの役割が会社全体の目標の中でどのような位置付けにあるかを俯瞰できる上位ポジションの人材を加えると良いでしょう。知財の公平性向上プログラムおよび関連する方針・手順を策定するにあたっては、チーム全員から情報を集め、実行可能で具体的なものにすることが重要です。
知的財産の開発・商品化におけるジェンダー公平性がもたらす価値とメリットに関して、組織全体で認識を高めることが主たる目的です。
知的財産の開発・商品化におけるジェンダー公平性がもたらす価値とメリットに関して、組織全体で認識を高めることが主たる目的です。そのためには、年次研修プログラムだけでなく、継続的に社員とコミュニケーションを図ることが求められます。知財の公平性向上の文化を確立するには、以下のような相手に合わせてメッセージを伝えることが必要です。
知財の公平性向上の文化を醸成するための5つのヒント
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知的財産の公平性を向上するには、組織の変革に加えて、人々の態度や行動の変容を促すための新しい方針やプロセスが必要です。重要な最初のステップは、適切な評価指標を設定し、「測定・改善」の考え方を取り入れることです。すでに研究開発や品質管理、安全衛生の順守などの分野で継続的改善サイクルの手法を採用しているかもしれませんが、これを知的財産の公平性・多様性に適用することが可能です。そうすることで、組織の文化を好ましい方向に変革する可能性が高まり、大きな利益が約束されます。適切な評価指標を設定することが重要な最初のステップです。
Craig Moss氏はEthisphere社のMeasurement (測定) 担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントで、管理システムを利用して社内やサプライチェーン全体のコンプライアンスとリスク管理のパフォーマンスを改善させる第一人者です。同氏は企業およびそのサプライチェーンがESGやコンプライアンスに関するさまざまな問題 (DEIを含む) のパフォーマンスを測定・改善するためのプログラムを開発し、提供しています。また、数多くのプログラムを開発・指導し、フォーチュン500企業や未公開投資会社がサプライチェーン・リスクを低減し業績を向上させるための管理システムを導入することを支援しています。Moss氏は、サプライチェーンの知的財産保護に関するANSI (米国規格協会) の世界標準規格を開発したLicensing Executives Society (ライセンス協会) 委員会の委員長を務めています。
2018年以降、Innovation Insights社はジュネーブの国際コミュニティと協力し、世界各地の政府や組織が知的財産の多様性ギャップを適切に測定し、ギャップの解消に取り組むことの必要性について、啓発活動を行っています。Jennifer Brant氏は知的財産の多様性および知的財産とイノベーションに関するその他の問題に関する出版物の著者で、International Gender Champions (国際ジェンダー・チャンピオン) ネットワークの初期メンバーの1人です。
Etisphere社とInnovation Insights社は緊密に協力して、データの収集と分析を呼びかけています。また、知的財産の多様性を向上させるためにすべての組織が利用できる、実証済みの変更管理戦略の活用を推奨しています。
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