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カナダにおいて知財とイノベーションのジェンダーギャップを解消

2023年4月

著者: David Durand氏、DURAND Lawyers設立者、MVIP共同設立者、FORPIQ (アジェンダ) 現会長 (カナダ、モントリオール)

イノベーション、創造、起業の世界でジェンダーギャップ (男女格差) が存在すべきではありません。男性によるものであろうが女性によるものであろうが、科学は科学であり、研究の成果だけで判断されるべきでしょう。にもかかわらず、調査の結果、科学の世界で努力することによって女性がイノベーションに対して貢献することを妨げる障壁が多くあることが明らかになっています。

イノベーション、創造、起業の世界でジェンダーギャップ (男女格差) が存在すべきではありません。男性によるものであろうが女性によるものであろうが、科学は科学であり、研究の成果だけで判断されるべきです。(写真: FatCamera / E+)

カナダ知的財産庁がまとめた報告書『人工知能のプロセス: カナダの視点から見た分析 (Processing Artificial Intelligence: Analysis from a Canadian Perspective)』によれば、「全世界でAIの特許に携わっている人の男女比が3:1であるのに比べ、カナダ人研究者が少なくとも1人関与している特許発明では、男女比が6:1に減少しています」。

同様に、WIPOのデータによって、「2020年の国際特許出願に記載された発明者のうち女性はわずか16.5%」であったことが明らかになっています。女性の割合は「3.8ポイント増加」していますが、進捗は緩やかなものです。このペースだと、PCT出願で発明者の男女平等が達成されるのは2058年になるとWIPOでは予測しています。

この割合は気がかりなものです。女性はこれまで積極的に科学に貢献しており、「陰の立役者」としてしか認識されていない場合もありますが、今後も貢献し続けていくことは間違いないからです。そのため、知的財産制度に参画して自分の成果の価値を高めることを、より多くの女性に奨励することが重要です。より多くの女性が知財に関与することによって、イノベーションに多様性、つまり、より多くの才能、より多くの新しい視点がもたらされ、私たちが直面している複雑な課題に対する解決策を見出す可能性が高まるため、あらゆる人が恩恵を受けることになります。

ケベック知的財産国際フォーラム (Forum International de la Propriété Intellectuelle - Québec、FORPIQ) は、カンファレンスやパートナーネットワーク、実行委員会、会員によるサポートを通じて、カナダ全土で知的財産の活用を推進しています。2023年世界知的財産の日を記念し、今年のキャンペーンテーマである「女性と知財―イノベーションと創造性を加速する力」にちなんで、カナダで活躍している女性発明家、クリエイター、起業家をご紹介します。これらの女性たちは、女性でもできるのだということを示し、画期的な成果をあげています。

カナダの女性: 障壁を乗り越える

踵着地で可動性を向上: マギル大学臨床疫学部のNancy Mayo博士は、60代後半で起業し、Physio Biometrics社を2019年8月に設立しました。歩行を安定させ可動性を向上させるために踵着地で歩行を改善するバイオフィードバックをMayo博士が2014年に初めて提案したときには誰も興味を示しませんでしたが、同博士はその研究に粘り強く取り組み続けました。

同博士が開発したウェアラブルセンサー「Heel2ToeTM」は、ウォーキングシューズの外側に取り付けられ、着用している人が「正しい歩き方」 (踵から着地する歩き方) をすると、ポジティブなフィードバックを音声でリアルタイムに送ります。

Nancy Mayo博士は、2014年にPhysio Biometrics社を設立しました。同博士が開発したウェアラブルセンサー「Heel2ToeTM」は、ウォーキングシューズの外側に取り付けられ、着用している人が「正しい歩き方」 (踵から着地する歩き方) をすると、ポジティブなフィードバックを音声でリアルタイムに送ります。(写真: Physio Biometrics社提供)

現在、Physio Biometrics社は、センサーのプロトタイプを135個保有しており、そのすべてが、販売中であるか、高齢者やパーキンソン病患者の研究プロジェクトで使用中です。

センサーとその関連アルゴリズムの開発のため、Mayo博士らは、カナダ自然科学・工学研究会議 (NSERC) から助成金を獲得しました。この初期資金により、イノベーションを支援するとともに社内の高いスキルを持つ人材の雇用を実現するため、健康な脳のための健康な生活 (Healthy Brains for Healthy Lives, HBHL) やマギル・イノベーション・ファンド (McGill Innovation Fund) などから研究資金を確保する機会がもたらされました。ワークショップやデバイス販売から得られた収入は、消費者のニーズに合わせて技術を進化させ続けるために、社内で再投資されます。

起業家としての難題

Mayo博士は、起業家になることが難しいのは、「動き始めるとアクセルを踏みっぱなしになる」からだと指摘しています。研究者、教育者、発明家としての役割のほか、家事や家族の世話など、女性科学者がすでに担っている役割に加え、起業家としての役割がさらに加わります。起業家の世界は競争が激しいため、他の重要な役割を手放すことにもつながりかねません。壁にぶつかったら、「ステップアップするか、ギブアップするか」しかないと、Mayo博士は述べています。300を超える科学論文を発表するなどの功績から明らかなように、あきらめることはMayo博士の本分ではありません。Mayo博士は、自身の分野で優れた功績をあげ続けています。

起業家になることが難しいのは、「動き始めるとアクセルを踏みっぱなしになる」からです。

Mayo博士が未来の起業家に贈る言葉は、「市場と消費者を知り、消費者のニーズを満たす商品を提供すること」です。Mayo博士の場合、それは、よりよい歩行のための装置を必要としている消費者のニーズを満たすことでした。

男性の不妊症の診断: Sarah Kimmins博士は、モントリオール大学医療センター (Centre Hospitalier de l’Université de Montréal , CHUM) の研究所、モントリオール大学病理学・細胞生物学部、マギル大学薬理学・治療学部に勤務しています。エピジェネティクスを専門とする同博士は、人間の行動や環境が遺伝子の働きにどのような影響を及ぼすかを研究しています。

Kimmins博士は、精子のエピゲノム (DNAに関連する生化学的マーカー) のバイオマーカーをもとに、男性向けの不妊診断「HisTurn」を開発しました。

マギル大学イノベーション+パートナーシップ事務局は、Kimmins博士の発明報告書を査読し評価した後、発明を保護するための手続きをとりました。マギル大学は、技術開発をさらにサポートするためAxelysとも提携し、HisTurn診断の技術移転、導入、商業化を支援するためにAxelysが意見を提供しています。

Kimmins博士によれば、「HisTurnを臨床に利用し、男性の不妊症を正確に診断して、最も適切な治療計画を選択するための実用的な情報を臨床医に提供することにより、技術と医療ニーズとのギャップを埋めることができます」。

弁理士による貴重なサポート

Kimmins博士とマギル大学イノベーション+パートナーシップ事務局は、診断を商業化するために採用すべき最良の知財戦略を決定するために、弁理士と提携したと、同博士は説明しています。  

「弁理士によるサポートは貴重なものでした。そのお陰で、私が研究している科学分野に関連する専門知識を得ることができただけでなく、エピゲノム標的が含まれる場合には法律や特許取得プロセスがややこしいものとなる可能性があるのですが、これらに関する知識を深めることができました」と、Kimmins博士は説明します。

理系の女性が抱える課題

科学、技術、工学、数学 (STEM) におけるジェンダーギャップについて、Kimmins博士は、「世界的に見て、男性と同じ額の助成金を女性が得ることは難しく、与えられる研究室のスペースやスタートアップの補助額は男性よりも小さく、指導、教育や他の業務に対する要求が高いことが、研究により明らかになっています。インパクトファクターの高い学術誌に論文が受理される確率も低くなっています。その結果、女性は、自分の成果を商品化するために時間やリソースをあまり費やさなくなります。科学における公平性が達成されるまでは、特許を取得する女性の割合は低いままでしょう」と、述べています。

「世界的に見て、男性と同じ額の助成金を女性が得る
ことは難しく、与えられる研究室のスペースやスタ
ートアップの補助額は男性よりも小さく、指導、
教育や他の業務に対する要求が高いことが、研究によ
り明らかになっています。…その結果、女性は、
自分の成果を商品化するために時間やリソースをあ
まり費やさなくなります」
と、Kimmins博士は述べています。(写真: sturti / E+)

より多くの才能ある人々がSTEM分野における機会を利用できるようにするためには、少数派の学生 (移民一世、低所得の学生など) に奨学金や経済的支援をもっと与えるべきだと、Kimmins博士は考えています。

科学における公平性が達成されるまでは、特許を取得する女性の割合は低いままでしょう。

また、研究所で主任研究員として学んだスキルの多くは起業にも転用できると、Kimmins博士は考えています。「研究所の運営には、数百万ドルの運営資金を確保することや、研究者チームが共通の目標に向かうよう管理し鼓舞することなどが含まれます。また、一般大衆、臨床医、他の科学者など、様々な人々に対して自分たちの成果を常にアピールする必要があります。そのため、優れたコミュニケーションスキルを持つことが必須です」と、Kimmins博士は説明します。

「女性の成功を促進するプログラムは、より多くの若い女性をイノベーションの分野に引きつけるための鍵を握っています」と、Kimmins博士は述べています。

資金調達: 重要な要素

Mayo博士もKimmins博士も、柔軟な資金を利用し、特許取得費用やより大きな財源確保のためにマッチングファンドを活用することが、アイデアをビジネスとして成功させるための鍵を握っていると考えています。この2人の起業家は、2021年秋に設立されたマギル大学のイノベーションファンド (MIF) が、新しい技術や発見の商業化を目指す研究者に助成金を与え、起業家のイノベーションを支援していることを称賛しています。

「発明が研究所で生まれてから市場に出るまでの不安定な期間は『死の谷』と呼ばれていますが、こうした期間を研究者が切り抜けることができるよう、このファンドでは支援しています。資金援助の必要性が最も高まるときだからです」と、マギル大学イノベーション+パートナーシップ事務局のイノベーション・パートナーシップ担当ディレクターであるMark Weber博士は説明します。

女性経営者支援事業

女性経営者をさらに支援するため、2022年9月に、カナダ事業開発銀行 (BDC) は、「先駆的な女性主導の企業が成功し、明日のグローバルリーダーになる」ことを支援することを目的とした、5億カナダドルのスライブ・プラットフォーム (Thrive Platform)を立ち上げました。このプラットフォームは、「女性起業家が成功し、経済に持続的な影響力を持つために必要となるものを活用できるようにする」ことを目指しています。女性主導の事業に対するアーリーステージのベンチャーキャピタル投資、女性主導・女性中心のファンドへの戦略的投資のほか、エコシステムパートナーと連携して女性主導の事業に対して開発の最初期段階で株式投資を行うエマージングモデルなど、独自のサービスを提供しています。

イノベーション・アセット・コレクティブも、女性による知財のための助成金を、要件を満たすものに対して提供しています。ケベック州政府も、STEM分野で女性の数を増やす取り組みなどのために、8百万カナダドルを投資しています。

知財に対する女性科学者の認識を高めることは、知財とイノベーションにおけるギャップを埋めるための重要な一歩です。

最後に

知財に対する女性科学者の認識を高めることは、知財とイノベーションにおけるギャップを埋めるための重要な一歩です。しかし、こうした取り組みに加え、STEM分野の若い世代にメンターシップやリーダーシップを提供することが必要です。これによって、若い女性が学業を始め、学術でのキャリアを目指すずっと前の時点で、イノベーションや知財に関する認識や考え方を変えることができます。


謝辞: 本稿の執筆にあたりご貢献いただいたKimmins博士Mayo博士Weber博士、およびBDCに感謝いたします。

著者について

David Durand氏。理学士 (化学専攻)、法学士、弁護士、弁理士。DURAND Lawyers設立者、MVIP共同設立者、FORPIQ現会長、カナダ全国クラウドファンディング・フィンティック協会 (NCFA) 顧問。犯罪収益 (マネーロンダリング) およびテロ資金調達法の議案審査における暗号資産に関するカナダ下院財務常任委員会に出頭、『Don’t block the blockchain: How Canada can guard against money laundering while maintaining global competitiveness (ブロックチェーンをブロックするな: 国際競争力を維持しながらカナダでマネーロンダリングを防ぐには)』と題された意見書を共著し提出。暗号資産取引プラットフォームの規制 (CSA/IIROC, IOSCO - CR02/2019 pdf)、金融安定理事会 (FSB) におけるグローバル・ステーブルコインに関する取り決めpdf、オンタリオ州の資本市場近代化 (NCFAと共同) 、カナダ個人情報保護委員会における国境を越えた個人データの移転 (デジタルコマース会議所と共同で提出pdf) に関する審議会にも参加。最近では、カナダ下院科学・研究常任委員会に出頭し、知的財産の商業化支援に関して証言 (証言)。

また、イノベーションマネジメント規格に関するカナダのカナディアンミラーISO/TC279委員会、およびメタバースに関するIEC SEG15委員会の規格審査会に専門家として出席。オタワ大学で知的財産法の講義も担当。最近では、Durand, D.、Mulcair, C.著 (2023)、『What’s the Big Idea? The Crossroads Between Investment and IP (ビッグアイデアとは? 投資と知財の間の交差点)』を発表(Bader, M.A., Süzeroğlu-Melchiors, S. (編集) Intellectual Property Management for Start-ups.Management for Professionals.Springer, Cham.https://doi.org/10.1007/978-3-031-16993-9_8)。

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