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発明の3件に1件がSDGsに関連ー特許データから明らかに

2024年1月

著者: Christopher Harrison氏、WIPO特許解析マネジャー

特許は、異色の情報源です。特許に盛り込まれている技術情報の大半は、決して特許以外の場で公表されることがありません。また、情報はどちらかといえば標準化されたフォーマットで記載されています。このような事情があるので、特許情報は、科学技術の成果を示すものとして、また、イノベーションを追跡する指標として、認知されています。特許データを利用するビッグデータ解析が急速に進歩を示す指標となりつつあるのは、このような理由があるからです。

今回、WIPOが国連の持続可能な開発目標 (SDGs) に関連するイノベーションについての報告書 pdf をとりまとめるにあたり、LexisNexis社のIP Solutionsの協力を得ました。同社の専門家は、SDGsを反映する特許メタデータを使用して、このような目標に関連する100件の異なる技術カテゴリーを抽出しました (詳細は、LexisNexis社の分析サイトに記載されています)。

特許情報とSDGsとを整合させることによって、イノベーションが共通目標に最も強く関与している分野を特定することができます。加えて、未だ過小評価されている分野と並んで、新たに関係する分野を見つけることもできます。特許情報の解析結果から、特定の技術がSDGsの各目標にどのように役立っているかを知ることができます。このように特許の解析とSDGsを組み合わせる方法をとることにより、研究開発、イノベーション政策、知的財産の商業化と使用許諾、官民両部門での共同研究において、戦略的な意思決定ができるようになります。

17の開発目標のうち、特許が関係するのは13に上ります。また、現在では特許全体の3分の1近くがSDGsに関係しています。

アクティブなパテントファミリー (同一の発明に関連づけられる一群の特許) は、世界全体で1,520万件以上存在します。既に、470万以上の特許が持続可能な開発目標に関連付けられています。

SDGsは、2015年に国連総会で採択されました。17のグローバル・ゴールズの下に社会・経済・環境問題を含む169の具体的なターゲットを提示し、2030年までに世界平和と繁栄を達成するための道筋を示しています。特許が本質的にイノベーションのサインであることは明らかです。特許を持続可能な開発目標に整合させることは、重要な指標です。17の開発目標のうち、特許が関係するのは13に上ります。また、現在、世界全体でアクティブなパテントファミリーの31.4%がSDGsに向けた取組みです。

ただし、極めて重要なことですが、17の目標のうち、特許に対応しないものが4つ存在します。それは、目標8「働きがいも経済成長も」、目標10「人や国の不平等をなくそう」、目標16「平和と公正をすべての人に」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の4目標です。

特許のトレンドを分析すると、一部の目標が他より先行していることも分かります。目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」は、そのような目標の1つです。この分野に関連する特許数は最多 (アクティブなパテントファミリーは290万件) で、この分野におけるSDGsの範囲をよく示しています。エレクトロニクス、製造、原材料がこの分野に含まれますが、これらはすべて特許で強力に保護されており、本分析の主要な分野です。この分野に関連するアクティブな特許の構成比は以前の10%未満から、約20%まで高まっています。

図1: 関連技術をカバーする17の開発目標のそれぞれに関連付けられるアクティブなパテントファミリー数出典: PatentSight所収の特許データを基にWIPOが作成 (2024年1月)

目標9の産業と技術基盤のイノベーションと並んで、最も重要な役割を果たしているのは、気候変動対策に関する目標13に資するイノベーションです。また、目標7は安価でクリーンなエネルギーの必要性に対する取組みですが、これも増加傾向にあります。全体では、アクティブなパテントファミリーのうち、気候変動対策に資するものが110万件、クリーンエネルギーに資するものが90万件あります。目標13「気候変動に具体的な対策を」を主導しているのは、温室効果ガスの排出削減技術です。一方、目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」には、太陽光や風力などの再生可能エネルギー利用の進展が寄与しています。この両目標は、よりクリーンな代替エネルギーに対する消費者の意識の高まりを反映しており、他のSDGs目標の多くと比べると、やや強い上昇傾向を示しています。

社会・経済に関わるSDGsに関連するイノベーションの出現

環境にやさしい技術は不可欠ですが、SDGsにおいては、より幅広い観点から、あらゆる形の貧困をなくす必要性が認識されています。健康増進と教育の改善、不平等の是正、経済成長の促進を目的とする方策と貧困の撲滅との間には密接な関係があります。また、貧困の撲滅 (目標1)、質の高い教育 (目標4)、きれいな水と衛生 (目標6)、海洋資源と陸上資源の保全 (目標14、15) など、社会・経済に関する目標との関連においても、特許に対する関心が高まりつつあります。

しかしながら、こうした社会経済的側面を重視する目標と特許との関連性はあまり強くありません。このような目標は、他のSDGs目標と違って技術主導型ではないからです。そうであっても、特定の技術に注目すれば、各目標の進捗状況を知ることができます。目標1「貧困をなくそう」を例にとってみましょう。この目標においては、ブロックチェーン技術の追加がイノベーションの最大の牽引役となっています。ブロックチェーン技術は、農業や食品の安全性向上に大きく寄与しています。ブロックチェーン・データベースは、1つのチェーン内で結合しているブロックにデータを格納するものです。この技術を利用することによって、食品のトレーサビリティが向上し、必要とする人に十分な食品を届けられるようになります。また、ブロックチェーン技術により透明性の向上も図られます。そして、汚染された食品が市場に出回るのを防ぐことができるようになり、サプライチェーン全体で、食品の安全性と品質の改善が可能になります。国連のブリーフィングノートでは、ブロックチェーンの採用によって、貿易取引やグローバル・バリューチェーンへのアクセスが容易になる可能性について強調されています。そして、とりわけ発展途上国と移行経済国の小規模な企業でその効果が期待されるほか、より包括的な経済的・社会的発展を促進する目的で実施する行政サービスの実効性の向上が期待されるとしています。

図2: イノベーション成熟度マトリクスを利用すれば、ホットなトピック
や成熟セクターが分かりやすくなるほか、SDGsに寄与する新技術の
特定も容易になります。 出典: PatentSight所収の特許データを基に
WIPOが作成 (2024年1月)

SDGs関連の特許をイノベーション成熟度マトリクスで分析することで、現在どのSDGs目標が注目されているかが浮かび上がってきます。つまり、このようなSDGs目標には多数の特許が存在し、近年急成長しているわけです。マトリクスは、特許の絶対数を観察するだけでは見過ごされがちな分野への関心の高まりを発見するためにも役立ちます。このような分野は、多数の特許が存在するセグメントの陰に隠れているからです。

特定技術とSDGsとの整合化

特許は、国際特許分類(IPC) に従って分類されています。これは、世界中のほとんどの知財当局で、特定の技術分野別に特許をグルーピングする際に利用されている階層型のシステムです。ちょうど図書館の蔵書分類と同様の仕組みで、特定技術に関連する特許をすばやく見つけることができます。今回の報告書で提示する分析について詳細な説明を十分にするために、WIPOの技術コンコーダンス表も利用しています。コンコーダンス表では、IPCの分類記号が35の技術分野に紐付けされています。それぞれの技術分野は、「電気工学」、「機器」、「化学」、「機械工学」、「その他」のいずれかに属します。このように、より詳細に分析することで、特定の技術分野とSDGsとを整合させることができます。例えば、得られた詳細な情報をもとに、目標3「すべての人に健康と福祉を」は、医薬その他のバイオ及び医学の分野に紐付けられます。同様に、目標2「飢餓をゼロに」は、大部分が食品化学と、また、目標11「住み続けられるまちづくりを」は、土木工学と紐付けられます。

大まかに言うと、化学はSDGs関連の特許の中で最も大きな割合を占めています。医薬品や温室効果ガス排出削減のためのイノベーションも化学に含まれます。化学の分野では、バイオテクノロジーと医薬品が長年にわたって2位と3位争いを繰り広げてきました。この両者は一貫して増加を続けています。しかし、2018年までには双方とも微細構造とナノテクノロジー (2000年の25%程度から、2023年には65%近くまで増加) に追い抜かれています。また、環境技術は、その名のとおりSDGs目標とよく整合しており、SDGs関連の特許に占めるシェアは約75%と最大です。その多くは生産工程の脱炭素化に関連するものです。微細構造やナノテクノロジー、医薬、環境技術の分野では、SDGs関連の特許が元来高水準を占めていたとはいうものの、現在では100%に近づいています。

図3: 35の技術分野に分布するSDGs関連の特許 (2000~2023年)
出典: PatentSight所収の特許データを基にWIPOが作成 (2024年1月)

産業界、学界、研究機関が等しく持続可能なイノベーションを推進しています

先進国であるか発展途上国であるかを問わず、世界中のすべての国々が一丸となって、緊急にSDGsに向けた行動を起こさなければなりません。今回の分析結果から、知的財産ポートフォリオ中に最も多くのSDGs関連特許を持っている特許申請者においては、企業と研究機関がほぼ等しい割合で分布していることが分かります。

産業界の主要企業としては、バッテリーのCATLとSamsung SDIの両社、医薬品のRocheとMerckの両社があります。ただし、最も高い成長率を示しているのは、Qualcomm社、Ericsson社、Baidu社、LG Electronics社、TDK社など、エレクトロニクス関連の企業です。

学界と研究機関では、米カリフォルニア大学と中国科学院の両者がSDGs関連の特許をリードしています。米国、中国、フランス、韓国、ドイツの学界や研究機関は、この分野で多大な貢献をしています。

特許分析を通じて国連のSDGs開発目標を振り返ってみることにより、私たちは、共通の未来を形作ることができるのです。

目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」や目標13「気候変動に具体的な対策を」など、特定のSDGs目標については特許が重要な役割を担っていますが、社会経済的な側面に焦点を当てる他の目標では、特許との関連性は強いとはいえません。それでも、特に再生可能エネルギーと排出削減においてSDGs関連の特許が増加傾向にあることは、持続可能な技術への関心の高まりを反映したものです。

特許をSDGsにマッピングしてみると、ブロックチェーンのような分野横断的なテクノロジーが複数の目標に寄与している状況が明らかになり、特許とSDGsとの共通項も浮かび上がってきます。それゆえ、技術のトレンドを部門別・分野別に分析することによって、環境や医薬品のイノベーションなどの特定の分野とSDGsとの整合性について、相当程度に理解を深めることができます。

全体を総括すれば、国連の持続可能な開発目標に関連するイノベーションについて今回とりまとめた報告書で得られた結論から、開発を持続可能な方向に導く上で、知的財産が極めて重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。知的財産があることによって、意思決定や政策立案、革新的技術の創出に際して、データドリブンな選択を行えるようになるほか、ソースの効果的な配分や、独創性が最も求められる分野での連携の促進も可能になります。特許と持続可能な開発目標 (SDGs) との間に関係性があることから、私たちは、ともに力を合わせて、特許情報から得られるイノベーションについての知見を基に、共通の未来を実際に形作ることができるのです。

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