黎錦の美には中国文化が深く根づいており、そこには、受け継がれてきた伝統技法と革新性・創造性の飽くなき探求とが融合しています。黎錦の織り手であるChaoying Zhang (張潮瑛) 氏は、この伝統技術の知的財産(IP)を保護しつつ、黎錦の普及と地域社会の生活の向上に注力するとともに、次世代の織り手を育成すべく、この技法の伝習に取り組んでいます。
3,000年以上にわたり、黎錦織の技術は海南島の先住民である黎族の文化に深く根付いてきました。「黎」族とは、Gai、Ji、Bendi、Meifu、Jiamaoなど、様々な民族をいいます。各民族には特有の衣服、意匠、装飾品があり、それらは長い年月を経て受け継がれてきた奥深い文化遺産であり、先祖伝来の美的感覚を体現したものです。
黎錦には最も初期の織物技術の特徴が表れており、中国の織物史において「生きた化石」とみなされています。「この地域で見られる多様な民族衣装や活動の形成に、黎族が深く関わってきたことは間違いありません。黎錦は、黎族の女性の労働、知恵、芸術的精神の証であり、この民族の伝統文化において重要な位置を占めています」と、中国で黎錦技術に対する理解の促進に努めているBaisha Canran Li Brocade Handicrafts合作社 (協同組合) の創設者Chaoying Zhang氏は説明します。
黎族の人々は、何世紀にもわたって糸つむぎ、染色、織り、刺繍など、様々な技術を開発してきました。このような工芸技術は、2006年に中国国家無形文化遺産リストに正式に認定され、2009年にはユネスコの緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表に登録されました。
これらの伝統技術は、黎族に深く根付いた文化遺産の表象であり、このような美しい織物を作る黎族の女性たちの創意工夫、創造性、芸術的才覚を窺い知ることができます。
古代から連綿と続く黎錦の生命線は、世代を超える技術伝承にあります。しかし、ここ数十年で織り手となる女性は減少しており、伝統的な黎錦の技法と慣習の維持が脅かされています。
祖母から黎錦の技法を学んだChaoying Zhang氏は、今後も長きにわたってこの工芸品の振興を図るために、両親と地方自治体の支援を受けて、2016年にBaisha Canran Li Brocade Handicrafts社を設立しました。「海南島の黎錦文化がもつ独特な魅力をより多くの人に知ってもらうことは、私にとって非常に重要です」と、同氏は言います。
黎錦の保存には2つの目的があります。1つは、黎族の豊かな文化遺産を保護すること、もう1つは、古来のこの工芸品に新しいアイデアと創造性を吹き込んで、黎錦が進化を続けられるようにすることです。「伝統的な織物技術を認識、評価し、イノベーションを奨励することで、黎錦の技法は伝統と進歩の象徴として重要であり続けるでしょう」と、Chaoying Zhang氏は言います。
Baisha Canran Li Brocade Handicrafts社は、黎錦の製造技術が確実に保存されるよう、公開伝習コースを開催し、この織物を制作する実践的な手ほどきと実習体験の場を提供しています。「私のコミュニティでは、各村から女性たちを集め、黎錦の伝統技術に関する公開伝習セッションを定期的に開催しています。適格と認められれば、自宅で黎錦を織るための素材が与えられます。こうすることで、織り手が当社で標準化した仕様と手順に則って素材を使用すること、また、意匠や確立された慣行に従って制作できるようにしています。このようにして、私たちの品質基準と仕様を満たす織物が生み出されているのです」
黎錦の熱烈な擁護者として、Chaoying Zhang氏は、この古来の工芸品に対するより幅広い認知と正当な評価を確立するために、たゆまぬ努力を続けています。「私たちは黎錦を世界中に広め、何千年にも及ぶ歴史を秘めたこの海南島にまつわる魅力的なストーリーを共有していく必要があります」
黎錦の文化が幅広く理解され、正しく評価されることを願っています。
Baisha Canran Li Brocade Handicrafts社の創設者 Chaoying Zhang氏
Chaoying Zhang氏は、黎錦の振興を図って維持し続けるには若者を惹きつけて魅了することが重要と考え、中国のZ世代の間で最も人気のあるソーシャル・メディア・プラットフォームの1つであるDouyin (抖音/ドウイン) で、自身のデザインに関するショート・ビデオの共有を始めました。
このように、彼女の目的は、黎族の伝統工芸品に対する関心を呼び起こし、その現代的なデザインを紹介し、最終的には中国全土の家庭に黎民族の豊かな文化遺産を紹介することにあります。「私の目標は、黎錦にまつわる伝統と受け継がれてきた文化への関心を高め、多くの家庭の日常生活に取り入れてもらうことです」と、彼女は言います。また、同氏は、オンライン及び対面によるイベントを定期的に開催し、黎錦の職人技の保存に若者が参画するよう働きかけを行っています。「こうしたイベントは、消費者や若い世代の注目を集めています。海南島の黎錦に新たな活力を吹き込み、時間をかけつつ、地域を代表する優れた文化にしていかなければなりません」
Chaoying Zhang氏は、若いコミュニティのメンバーとともに、WIPOなどの国際機関をはじめ、様々な国の組織や社会団体が主催する活動に積極的に参加し、黎族が受け継いできた無形文化遺産の振興に努めています。「黎族の若者の間に、無形文化遺産の重要性と、それを知的財産権で保護する方法についての理解を広めることは非常に重要です。知的好奇心が旺盛で冒険的な若者たちには、知的財産権の概念を理解し、正しく評価できる大きな素地があります」
若者が参加することにより、黎錦を特徴づけるデザインと織り技術の創造性が高まります。
Baisha Canran Li Brocade Handicrafts社の創設者 Chaoying Zhang氏
知的財産権は、黎族の無形文化遺産の保存と振興に重要な役割を果たしています。地域社会、中央政府、そしてWIPOが主導する様々な支援を通じて、職人の間で、知的財産権を有効に活用することによって、自らの作品から収入を確保して仕事を支え、スキルを磨き、この伝統工芸の長期的な発展に役立てられるという意識が高まっています。
「政府や社会が知的財産保護を強化するなか、黎錦製品の商標、著作権、特許を登録することによって、競争力と収益性の大幅な向上が可能なことに気付きました」と、Chaoying Zhang氏は話します。「ですから、私たちの間では、黎錦に関連する知的財産権の保護に対する関心がますます高まっています」
「Oriental Li Brocade」は現在、地理的表示 (GI) 及び商標として登録されています。黎錦の製造に用いる織機のなかには、特許と実用新案権で保護されたものがあります。また、一部の黎錦の作品も著作権で保護されています。
「このような知的財産権を活用することによって、黎錦の織り手は新しいデザインを生み出し、製織技術を向上させることができました。そればかりでなく、自身の作品を市場に送り出して販売するために、自ら事業を興す織り手もいます」と、Chaoying Zhang氏は言います。同氏が進める支援活動で重視しているのは、知的財産権で作品を保護するメリットに関する織り手の認識を高めることです。
知的財産権を戦略的に活用することで、黎錦の織り手は、自らの技能の質と信頼性を裏付けることができます。また、これらの権利によって、作品を不正使用や虚偽表示から護ることも可能になります。「このような権利は、黎族が制作する錦織物の保護と、その良さを広めるために役立つばかりでなく、この精巧な工芸品が今後何年にもわたって繁栄し続け、幅広く評価されるようにするためにも有益です」
私たちは、知的財産を保護することのメリットと、黎錦の長期的な発展を支える上で知的財産保護が果たす重要な役割について、黎族の織り手の意識を高めることを目指しています。
Baisha Canran Li Brocade Handicrafts社の創設者 Chaoying Zhang氏
Chaoying Zhang氏は、知的財産権に関する知識を黎族の若い世代に身につけさせることにとりわけ熱心です。そうすることが、将来の世代のために黎錦の伝統を維持し、発展させるために不可欠であると確信しているからです。「知的財産が保護されれば、伝統的な織物技術を後世のために保存して改良できるようになり、黎錦の生産におけるイノベーションと技術進歩を保護するのに役立ちます。若い織り手は、黎錦の保存と保護に積極的に貢献することができます。このことは、若い世代にとって伝統文化の大切な要素です」と、彼女は説明します。
民族衣装の制作は、糸つむぎ、染色、織り、刺繍の工程を経て行われ、それぞれに細心の注意が求められます。デザインの複雑さに応じて最大8か月、場合によっては1年以上かかることもあります。まず、海島綿を糸に紡いでから染色します。「最後に、片面刺繍や両面刺繍など、様々な刺繍技術を駆使して、織物を飾ります」と、Chaoying Zhang氏は説明します。
黎錦に描かれた文様には、織り手の美的感性、生活様式、文化的慣習、宗教的信念が反映されています。独特の文様、技法、配色には、愛、結婚、宗教的信念、願望など、彼らの人生の様々な側面を表現する手段としての役割があります。
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