オリンピックにおける知的財産保護の道のり
著者: Carlos Castro氏、国際オリンピック委員会 (IOC)、法務部知的財産責任者、スイス、ローザンヌ
オリンピック大会は、スポーツの素晴らしさと開催都市・国の素晴らしさを称える、他に類を見ない世界的なスポーツイベントです。1つの大会を組織するには、開催都市、オリンピックおよびパラリンピック大会の組織委員会、選手、国内オリンピック委員会、国際競技連盟、国際オリンピック委員会 (IOC) およびその関連団体、ならびにオリンピック・ムーブメント (Olympic Movement) のその他のメンバーによる献身的な取り組みと熱意が必要です。
オリンピック大会の開催は、開催都市に様々なメリットと機会をもたらす一方、長年にわたる周到な計画が求められます。大会を成功させ、有益で永続的なレガシーを残すために、オリンピックの全てのステークホルダーが何年もの間、緊密に協力します。
IOCは独立した国際的な非営利団体で、スポーツを通じてより良い世界の構築に取り組んでいます。オリンピック・ムーブメントのリーダーとして、IOCは、国内オリンピック委員会、国際競技連盟、選手、組織委員会から、オリンピックのマーケティング・パートナー、放送パートナー、国連 (UN) 機関まで、オリンピック・ファミリーのあらゆる関係者間の協力を推進する役割を担っています。IOCは様々なプログラムやプロジェクトを通じて大会を成功へと導きます。これを踏まえ、IOCはオリンピック大会の定期的な開催を実現し、オリンピック・ムーブメントの全ての関連組織を支援し、適切な方法でオリンピックの価値の向上を推進します。
オリンピックと言えば、次のウサイン・ボルト、エレーナ・イシンバエワ、マイケル・フェルプス、キム・ヨナ、リンゼイ・ボン、林丹は誰になるかが注目されます。次のオリンピックを目指す選手たちは、2020年東京大会や2022年北京大会でのメダル獲得の可能性について考えていることでしょう。IOC、開催都市およびその他のステークホルダーが素晴らしい成績を収めようとする選手の努力をサポートする方法の1つが、堅実な知的財産 (IP)戦略を策定して大会に関連する知財資産を保護することです。知的財産の保護は、継続的に収入を生み出すためにきわめて重要であり、こうした収入は世界中のスポーツと選手のために再分配されます。
IOCによる資金の分配方法
IOCの収入の90%は以下に分配されます。
- オリンピック・ソリダリティ基金を通じて選手とコーチへ
- 各オリンピック大会の組織委員会へ
- 国および地域レベルで選手を支援するために、国内オリンピック委員会へ
- スポーツをグローバルに実施・促進するために、国際競技連盟へ
- スポーツの世界的な発展を推進するために、オリンピック・ムーブメントに関連するその他のスポーツ団体へ
- オリンピックの開催をサポートし、スポーツの世界的な発展とオリンピック・ムーブメントを推進する、IOCの活動、プロジェクト、プログラムへ。これには、「スポーツを通じた平和 (Peace through Sports) 」、「スポーツを通じた社会の発展 (Social development through Sports) 」、「スポーツにおけるジェンダー平等の推進 (Promotion of Gender Equality in Sports) 」、「アスリート365キャリアプラス (Athletes365 Career+) 」など、国連との様々な協力活動が含まれます。
オリンピックにおける知的財産保護の道のり: 出発点
各大会の知的財産保護の道のりは、オリンピックの聖火がギリシャのオリンピアを出発し、開催都市に届けられ、開会式で聖火台に点火される10年ほど前に始まります。この道のりの各段階で、知的財産が作り出され、制作を委託され、取得され、または保護されます。知的財産と、大会に関連する全ての有形・無形資産を保護する権利を戦略的に利用することが、実はオリンピックを実現させていると言えます。その方法をご紹介します。
知的財産保護の道のりの第1段階: 開催都市の選定プロセス
開催都市の選定プロセスは、オリンピックの開催に関心を示す都市と国内オリンピック委員会が開催の意思を検討し、表明することから始まります。これにより、IOCは、各都市が提供する機会とリスクを理解したうえで、各都市に詳細な申請書の作成を求めることができます。
各都市は、正式な立候補プロセスの開始よりかなり前の、オリンピック招致のこの初期の段階で、商標を登録することが一般的です。例えば、2020年東京大会、2024年パリ大会、2022年北京大会、2028年ロサンゼルス大会の商標はすでに登録されています。
同様に、ドメイン名については、様々な一般トップレベル・ドメインと国別トップレベル・ドメインが登録されます。例えば、2026年冬季オリンピックの立候補都市はすでにwww.stockholm-are2026.comとwww.milanocortina2026.coni.itのドメイン名を確保しています。その目的は、必要なオンライン・エコシステムを維持し、開催予定国に関連するドメイン名の不正利用 (サイバースクワッティング) を防止することです。
正式な立候補プロセスに参加する都市は、立候補ファイルを提出します。このファイルには詳細な大会実施計画が含まれ、文化活動に関する情報や関連する財務・技術情報のほか、レガシー計画を提供します。この包括的な文書には以下が含まれます。
- 著作権保護の対象となる創造的な文学および芸術作品と、音声映像コンテンツのリスト
- 商標または意匠保護の対象となる、関連するデザイン、ロゴ、エンブレムまたはスローガン
- 著作権保護の対象となる可能性がある、大会の実施案に関連するデータ、ならびにその収集、整理および編集
開催都市の選定プロセスのこの段階で、IOCは立候補都市に対し、著作権で保護された音声映像記録 (オリンピック・アーカイブ) へのアクセスを認めます。これによりIOCは、各都市が、申請を補強して現地コミュニティのエンゲージメントを高めるために、新しいまたは派生的な著作物を作成することを支援します。
IOC総会が[1]最終的にオリンピックの開催都市を選出すると、立候補に関連して開発され知的財産で保護されている全ての資産は、オリンピック・ムーブメントに対する開催都市のレガシーの一部になります。立候補都市は、大会の開催により取得する知識を将来の立候補都市に移転することにも注力します。
知的財産保護の道のりの第2段階: 準備プロセス
開催都市が選定されると、開催都市と開催国の国内オリンピック委員会 (NOC) は「開催都市契約」 (HCC) を締結し、オリンピック競技大会組織委員会 (OCOG) を設立します。OCOGは開催国における法的主体となり、HCCに拘束されます。次に、大会の商業計画が策定され、これに基づいてIOCと国際パラリンピック委員会は、OCOGの国内商業プログラムの策定を許可する一方、知的財産で保護された資産の使用を国内スポンサーに認めます。マーケティング計画は、大会の運営計画と開催をサポートします。
オリンピックのマーケティング・パートナーには、オリンピック・パートナーによる世界的なスポンサー・プログラム (オリンピック・パートナー (TOP) プログラム) に参加する企業と、IOCにより大会を放送し、報道する独占権を与えられたメディアが含まれ、大会に資金および運営面の貴重なサポートを提供します。マーケティング・パートナーは、世界中の視聴者に向けた大会と開催都市のプロモーションを支援します。また、基本的な技術サービス・製品を提供し、206カ国の国内組織委員会を代表する選手たちの活動と準備をサポートします。
サポートと専門知識を提供する見返りとして、オリンピックのマーケティング・パートナーは、世界規模での販売権、放映権、ホスピタリティ権 (接待権) 、供給権、その他のスポンサー特典などの様々な独占権を与えられ、オリンピック・リング、オリンピック・アーカイブ、および知的財産で保護されたその他の大会関連資産 (OCOGが開発した不動産を含む) の使用を許諾されます。これには、エンブレム、マスコットまたはコンポジットロゴの使用が含まれる場合があります。
国内外の商業プログラムの実施によって得られる民間資金は、組織委員会が大会を計画、組織運営、資金調達、開催することを可能にします。大会関連商品の製作および販売のライセンス・プログラムから得る資金とIOCの拠出金は、大会の計画、組織運営、資金調達、開催を支援します。このIOCの拠出金は、他のIOC関連組織からの資金によって補完されます。
OCOGは、スポーツを文化、教育と融合させる取り組みを奨励、支援してオリンピズムを促進する、というオリンピック憲章の目的に沿って、文化オリンピアードを運営する責任も負います。こうした活動は、オリンピックの開催前から開催中にかけて実施され、著作権で保護された文学および芸術作品の創作と伝播を支援し、開催国の文化的アイデンティティを示します。音楽やダンス、演劇など、関連する権利(関連権、隣接権) として保護されている様々な文化的パフォーマンスも、こうしたイベントで披露されます。
知的財産保護の道のりの第3段階: 大会の開催
オリンピアで行われるオリンピック聖火の採火式は、大会へのカウントダウンの開始を告げるものです。
大会毎にデザインされたオリンピック・トーチ (意匠権によって保護され、場合によっては著作権と特許によって保護されます) によって、聖火はギリシャから開催都市へと運ばれ、最終的にオリンピック・スタジアムに到着します。スタジアムには、開会式に間に合うようにオリンピックの聖火台 (これも知的財産権によって保護されます) が用意されます。
大会の式典では、工夫を凝らした見事な演出が披露され、多彩な色と音楽で彩られます。開催国はこれらの壮大なイベントによって、1896年にアテネで開催された最初の近代オリンピック大会に始まる一定のプロトコールの枠組み内で、自国の独自のアイデンティティと文化的伝統を表現することができます。知的財産で保護された無数の資産が一体となって、オリンピックを象徴する瞬間を作り出します。
さらに、こうした式典はオリンピックとパラリンピックの価値を示し、選手の業績を称え、連帯の精神を育み、オリンピックとパラリンピック大会を特別なものにしています。また、こうした式典は世界中で放映され、大会のイベントの全関係者の第三者知的財産権を遵守し、尊重することによって、開催都市契約の条件 (知的財産関連の追加合意によって補完される場合があります) を遵守するという意味で、開催国の知的財産に対する取り組みを示します。
大会に関連する知的財産権は、オリンピック大会の信頼性・独自性と大会のレガシーを保護します。この目的のために、OCOG、開催都市、国内オリンピック委員会は、知的財産権により与えられた保護を利用し、第三者に対する知的財産関連の義務を履行します。例えば、OCOGは、全ての芸術作品の使用について、権利処理がなされていることを確認しなければなりません。これには、録音された音楽、ライブ音楽、楽曲、編曲、写真、音声映像記録、式典およびその他の大会関連イベント (フィギュアスケートなどの競技を含みます) で使用されるその他のコンテンツが含まれます。同様にして、OCOGは、関連する全ての権利保有者が、オリンピック会場および放送ネットワーク上で自身の作品を実演されることに対して、報酬を受け取れるようにしなければなりません。OCOGはオリンピックのイベント中の音楽使用計画について、詳細な報告書を提出します。この情報は、オリンピックの放送権者に開示されるため、彼らも著作権管理団体に対して当該義務を履行します。.
最後に、放送局の資産を保護する関連権によって、オリンピック大会は、テレビやデジタルおよびメディア・プラットフォームを通じて世界中の家庭に届けられます。オリンピック放送権者のおかげで、オリンピックは世界で最も視聴者が多いスポーツイベントとなっています。放送局と報道機関は、オリンピック大会を家庭に届ける独占権に対して多額の金銭を支払います。彼らが享受する関連権によって、大会の放送費用をカバーし、投じた金額に対する見返りを得ることができるため、この権利は非常に重要です。
知的財産の重要性
IOCが知的財産権を戦略的に利用することで得た収入は、選手、組織委員会、国内オリンピック委員会、国際競技連盟、およびその他のスポーツ団体を通じて、オリンピック・ムーブメント全体に再分配されます。知的財産が生み出すこうした資金は、新興国におけるスポーツも支援し、できるだけ多くの人がオリンピックを経験できるようにしています。IOCは、大会の商業利用を管理・制限し、オリンピックのマーケティング・パートナーからのサポートを得ることによって、放映権の販売を通じてこれを実現しています。
知的財産の保護は、継続的に収入を生み出すためにきわめて重要であり、こうした収入は世界中のスポーツと選手のために再分配されます。オリンピック放送権者のおかげで、オリンピックは世界で最も視聴者が多いスポーツイベントとなっています。
IOCは、オリンピック・ムーブメントの運営費用をカバーするために、こうした収入の10%のみを受け取り、残りの90%は、大会の開催をサポートし、スポーツの世界的な発展を推進し、オリンピックの価値を向上させるために、オリンピック・ムーブメントの組織全体に分配しています。IOCは、あらゆるレベルで選手やスポーツ団体を支援するために、世界全体で1日当たり340万米ドルを分配しています。知的財産の戦略的利用による収入がなければ、これを実現することはできないでしょう。
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