本稿は、右に示した持続可能な開発目標を支援する上で、知的財産に裏付けられたイノベーションが変革をもたらすインパクトを示しています。
インドには多様な文化遺産と芸術表現の豊かな歴史があります。その代表的な例が、アンドラ・プラデシュ州エティコッパカ (Etikoppaka) 村で作られる世界的に有名な木製玩具です。この玩具はおもちゃとして親しまれているだけでなく、インドに深く根差す文化的価値観が反映された貴重な芸術作品です。玩具を作るエティコッパカの才能ある女性たちは、この古くから伝わる工芸の保全と普及に重要な役割を果たしています。
伝統的な手法で作られる漆塗りのエティコッパカ玩具は、鮮やかな色彩と丸みを帯びた形状、環境に優しい製造工程を特徴とし、安全で耐久性のある子ども用おもちゃとして有名です。特に南インドでは日常生活に欠かせないもので、こま、ガラガラ、飾り箱、置物などがあります。また、文化的にも重要な意味を持ち、誕生日や結婚式に贈られることが多く、さまざまな文化的行事で重要な役割を果たしています。
「『おもちゃ村』として知られるエティコッパカの玩具は、家族の伝統に深く根差し、感傷を呼び起こすものとして世代を超えて愛されてきました。エティコッパカ玩具を含むさまざまな玩具のコレクションを、ボンマラ・コルブ (インドのひな祭り) などの祭りで飾るという伝統があります。南インドに伝わるこの慣習では人形や置物を飾り、その多くに神話や日常生活が描かれています。世代を超えて受け継がれてきたエティコッパカの玩具は、家族から花嫁への大切な贈り物にもなり、愛情と尊敬を象徴するものです」とDamodaram Sanjivayya National Law University (DSNLU、ダモダラム・サンジヴァヤ国立法科大学) 法学部のNeelima Bogadhi博士は説明します。同博士は地理的表示 (GI) で保護された製品の専門家で、2017年からエティコッパカの木製玩具を研究しています。
エティコッパカの玩具は、子どもから大人までインドの人々を魅了し続けていますが、海外の人々への贈り物に使用されることも多いことから、この魅力的な玩具は世界的に認められています。
エティコッパカの玩具作りは、以前は男性が中心的な役割を担っていました。しかし、さまざまな経済的理由から、近年は男性が都市で職を求めるようになり、村の女性たちの参加が広がりました。今では女性が玩具作りを全面的に担い、女性の暮らしが向上しています。
「女性は従来、家族を養うために家で玩具を作る男性を手伝っていました。しかし、男性がより賃金の高い仕事を求めて村を出るようになったため、エティコッパカの女性たちは協力し合い、木材を回転させながら削るという玩具作りに必要な技術を学び、今では地元の玩具作りの専門職人たちの支援を受けて玩具を作っています」とBogadhi博士は言います。これにより、女性たちの暮らしは大きく向上しました。「玩具作りで得た収入によって、彼女たちの家族は経済的に豊かになりました。女性の職人たちは、子どもを養い、より良い教育を受けさせることができるようになりました」とBogadhi博士は述べています。
女性たちは作業場に子どもを連れて来ますが、作業場は、仕事をしながら子どもの面倒を見ることができる快適な環境です。「このため、経済的な満足度がさらに高まっています」とBogadhi博士は言います。「作業場は家族に連帯感を与えています。玩具作りを始めてから、彼女たちの暮らしと創造性、精神力は飛躍的に向上しました」と同博士は指摘します。
エティコッパカ村とその近隣に住む140名近くの女性職人たちの仕事を支えているのが、アンドラ・プラデシュ手工芸品開発公社 (Andhra Pradesh Handicrafts Development Corporation Limited) などの州や国レベルで活動する協同組合です。「このような組織は、伝統工芸の保存に多大な貢献をしています。各種展示会や見本市、報奨金を通じて、エティコッパカの熟練職人を評価し、彼らの発展を支援し、地理的表示の登録を推進しています」とBogadhi博士は言います。
「女性の玩具制作者の中には、ローンを組んで独自の生産ラインを整備し、機械を購入し、作業場を借りる人もいます。彼女たちは収益向上のために、使用する木材への補助金を求めています。彼女たちの主な動機は、家族により良い暮らしをさせることです」とBogadhi博士は述べ、多くの女性たちが「自分の成功に満足している」と言います。
彼女たちの起業家精神は、エティコッパカの次世代の玩具制作者に影響を与えているだけでなく、インドの他の農村地域の女性たちが自分の能力を信じるきっかけにもなっています。「エティコッパカの女性には、伝統工芸を守り、伝統工芸を生かして家族の生計を立てるという気概と強い意思があります。自分が持っていないものを追い求めるのではなく、この技術を大切にすることで、彼女たちは、自分を信じる心と強い意志がより良い生活につながることを示しました」
エティコッパカの女性には、伝統工芸を守り、伝統工芸を生かして家族の生計を立てるという気概と強い意思があります。
Neelima Bogadhi博士
エティコッパカの木製玩具の価値と独自性を認めたアンドラ・プラデシュ手工芸品開発公社は、地理的表示 (GI) 保護の取得に着手し、2017年に無事取得しました。「職人たちは農村出身で、正規の教育を受けていないことが多いため、知的財産 (IP) 権や地理的表示の登録・保護に関する知識が十分ではありませんでした。そのため、アンドラ・プラデシュ手工芸品開発公社が中心となって、エティコッパカ玩具の地理的表示保護を取得しました」とBogadhi博士は言います。
エティコッパカ玩具の独自性は、インドの地理的表示法に基づいて登録されています。「地理的表示として登録されることで、エティコッパカの玩具は商工省産業国内取引促進局 (DPIIT) により特別な地位を与えられ、地理的表示に組み込まれた文化遺産と伝統的知識 (TK) を保護し、玩具職人の生活を向上させることを目指します。地理的表示保護は、国内外の不公正な取引慣行を防止し、市場での認知度を高め、市場に出回る偽造品や規格外品からエティコッパカの職人を守る手段にもなります」とBogadhi博士は説明します。さらに同博士は、「この伝統技術の保存を推進するためには、時代を超えて愛され続けているエティコッパカ玩具に対する社会の認識を高め、需要を増やすことが重要である」と指摘しています。
インドの国家知的財産権政策は、地理的表示を含む知的財産権の重要性についての認識形成を目的としています。
Neelima Bogadhi博士
Bogadhi博士は、広範な調査とさまざまな産業の職人たちとの交流を通じて、インドの文化遺産を反映する地理的表示製品の可能性に気付きました。「インドの文化的多様性は、有名なダージリン紅茶やバスマティ米、カンチプラム・シルクサリーなど、さまざまな地理的表示に反映されています。こうした製品は、インドの伝統や工芸品、芸術的遺産を紹介することで、インド経済に大きく貢献しています」とBogadhi博士は述べ、エティコッパカ玩具に対する需要と認知度の高まりは、職人の生活を向上させただけでなく、職人は地域経済の発展のためにこの技術を保存することに自信を持つようになったと指摘しています。
本稿は、右に示した持続可能な開発目標を支援する上で、知的財産に裏付けられたイノベーションが変革をもたらすインパクトを示しています。