知的財産の道のり:あなたの一番の味方となるブロックチェーンと暗号化ストレージ
By Marco Barulli, Bernstein.io, 創設者兼代表取締役(ドイツ ミュンヘン)
長い間、知的財産(IP)の管理とは特許出願と商標登録を意味していました。未登録の知的財産権ははほとんど無視され、登録済みの知的財産権でさえ1回限りの活動であり、ほとんどが技術的行程や行政手続きであると見なされていました。IPの専門家は非常に具体的な目標を達成することを目指した後は、関連する年金の支払い期日を除いて、それらについて忘れていました。
そして、デジタル化が全てを変えました。最初は徐々に、少しづつ変化していましたが、現在では大胆かつ急速な変化を遂げています。
日常業務である知的財産管理
今日、ハイテク企業とクリエイティブ企業はともに、IPとそれらに関連するリスクに日常的に対処しなければならないことを十分に認識しています。これに関しては、IPの専門家だけでなく、企業の全部門に新しい考え方が必要となります。
競合他社から新しい人材を採用する。現地の大学と提携する。投資家から資金を集める。社外研究所と試作品を作り、それをテストする。これら全ての活動、そしてその他の多くの活動には中核財産であるIPが関与しているため、所有者は企業秘密の不正流用から著作権侵害に至るまで、重大な脅威にさらされることになります。そのため、これらのリスクを最小化することが適切な対策となります。
知的財産管理に変化をもたらす要素
多くの要素が知財管理に変化をもたらしています。それには、認知度の高いものからそうでないものまで様々です。現在、イノベーションの加速化は、知的財産の出願や起訴手続きの遅いプロセスとは相容れないことが多いことは広く認識されています。さらに、非常に競争の激しいグローバル市場では、高まる従業員の流動性に対処するために、IP資産の所有権とその管理を維持するための技術的・法的手段が必要となります。
パブリックブロックチェーンと暗号化されたデータストレージを中心に構築されたデジタルプラットフォームは、現代のイノベーターやクリエイティブな活動の毎日のニーズに効果的なソリューションを提供します。
しかし、全く新しい種類のデジタルIP資産(絶えず進化するデータセット、関連特許の境界を超えたより厚いノウハウの層、ソフトウェアと密接に関連し合ったデザインなど)が出現し、知財管理に関する新たなアプローチが必要とされていることに私たちが気付いていない可能性があります。
パブリックブロックチェーンと暗号化レポジトリのイノベーション期限の設定
知的財産管理が日常業務であるという認識は、新しいツールの需要を生み出します。パブリックブロックチェーンと暗号化されたデータストレージを中心に構築されたデジタルプラットフォームは、現代のイノベーターやクリエイティブな活動の日々のニーズに効果的なソリューションを提供します。
その中核にあるパブリックブロックチェーンは、中央権力や中央管理から独立したグローバルな公共の台帳です。この特別なレジストリには、ブロックチェーンネットワーク自体を稼働し、保護する基礎的な仮想通貨のトランザクションリストのみが含まれています。
誰でもこのレジストリの最新コピーを取得できるうえ、ネットワークに新しいトランザクションを送信することでレジストリに追加することができます。他方、レジストリに変更を加えたり、レジストリから削除したりすることはできないため、ブロックチェーンには「パブリック」の形容詞を使用するのが適切でしょう。
この分散型トランザクション台帳は、あらゆるデジタルオブジェクトの暗号化されたフィンガープリントをブロックチェーンのトランザクションに挿入するという機能が備わることにより、IP資産を認証するための完璧なレジストリとなるものです。
パブリックブロックチェーンとバージョン管理されたリポジトリ上に構築された新しい知的財産管理システムにより、企業は世界的に有効なあらゆる知的財産資産のタイムラインを少ない労力かつ低コストで作成できるようになります。
パブリックブロックチェーンをバージョン管理された暗号化データリポジトリと組み合わせることで、文書、芸術作品、研究データ、デザイン、ソフトウェア、事業計画、契約などの存在、整合性、所有権を便利に証明できるデジタル知的財産管理プラットフォームが作成されます。各デジタルオブジェクトには永久にタイムスタンプが付けられ、保存され、不変の方法で所有者とリンクされています。
ブロックチェーンから派生したものであれ、当局によって発行されたものであれ、デジタル証明書は壊れやすく、生成に利用したファイルと組み合わせてしか使用できないため、データストレージコンポーネントは非常に有用です。もともと認証されたファイルにわずかな変更を加えただけでも、デジタル証拠としての証明書の有効性が失なわれてしまいます。もちろん、イノベーターが認証を希望するデータのほとんどは機密情報であるため、データストレージソリューションは最高レベルの暗号化を提供し、理想的には、ストレージプロバイダーでさえデータにアクセスできないように設計されている必要があります。
イノベーションプロジェクトの性質を考えると、事態はさらに複雑になります。イノベーションプロジェクトは規模にかかわらず、何度も繰り返されるものであるので、対応する証明書に関連付けられた各IP資産のバージョンごとに暗号化されたリポジトリを維持することが重大な課題となります。
たとえば、新しいファッション衣料品の発売について考えてみましょう。それは簡単ないくつかのスケッチから始まり、最終的にはコンピューター化されたモデル、マーケティング計画、価格戦略、ラボでのテストなどで終了します。それぞれのファイルは、最初から最後まで、そのライフサイクルを通じて保護されるべきものです。
この文脈において、プロジェクトのさまざまな段階、新しい知識の創出、これまでに行われた投資を証明する明確な記録の証跡を確立する能力が、関連する知的財産権の効果的な管理と防御に不可欠といえます。
パブリックブロックチェーンとバージョン管理されたリポジトリ上に構築された新しい知的財産管理システムにより、企業は世界的に有効なあらゆる知的財産資産のタイムラインを少ない労力かつ低コストで作成できるようになります。
権利のライフサイクル全体を追跡する機能には、よりスムーズな知的財産権監査や知的財産トランザクションのコンテキストで簡素化されたデューデリジェンスの実施など、複数の利点があります。
Dr. Birgit Clark博士、 Baker McKenzie、 Ruth Burstall、 Johnson & Johnson社
空にあるクリプトパイ? ブロックチェーンが知的財産法に及ぼす影響、
Stanford Journal of Blockchain Law & Policy, 2019年6月
ブロックチェーンベースのIP管理システムが必要な理由とは?
パブリックブロックチェーンベースの堅牢なプライベートストレージシステムによってサポートされているデジタル証明書を使用することで、運用上の問題に対処し、ベストプラクティスを導入し、リスクを軽減できるIP資産関連の事例は無数にあります。 これに関していくつかの事例を以下に示します。
- より確かな機密保持契約(NDA)
機密保持契約は、企業秘密の不正流用事件、技術的ノウハウ、商業的ノウハウが第三者(従業員、投資家、監査人、パートナー、サプライヤー等)と共有されるすべての状況に対する最初の防衛線となります。ブロックチェーンで強化された機密保持契約により、付属のブロックチェーン証明書を介して、開示された機密データの境界を正確に特定できます。機密情報は開示されず、過度に範囲を広げず、受領当事者と特定の知識項目との間に直接リンクを確立することにより、契約自体の履行がはるかに容易になります。
- リスクのある従業員
競合他社から従業員を採用する場合、彼らの業務に必要な知識が社内で得られたものであることを証明できるプロジェクトにのみ、その従業員を割り当てることが不可欠です。プロジェクトがどのように発展してきたかを証明する一連の確実な記録があれば、不正流用を疑われた場合の最良のソリューションとなるでしょう。
- 実用的な著作権防御
仲間のミュージシャンやレコーディングスタジオと自身の音楽を共有している作曲家は、ブロックチェーンに定期的に作品を登録することで、自分が作曲者であることを証明できるという安心感を得ることができます。最終的には、これらのデジタル証明書を使用して、契約上の合意事項やライセンススキームを強化することも可能です。もちろん、これは音楽に限定されるものではありません。ジュエリー、ファッション、家具、グラフィックデザイン、その他のクリエイティブなプロジェクトに関しても、同様のシナリオが適用できます。
- オープンイノベーション
オープンイノベーションイニシアチブを展開している人なら誰でも、参加者に対して、作品を提案する前に、自身の貢献に関する所有権を証明する簡単なツールを提供することがいかに重要かを認識しています。ブロックチェーンベースのプラットフォームはこれを解決し、第三者に情報を開示することについての不安や摩擦を取り除くことができます。
- 共同プロジェクトと戦略パートナー
他企業や大学との研究開発コラボレーションプロジェクトを開始する際に、関係者全員のバックグラウンド、サイドグラウンド、フォアグラウンドの知識を明確にする最も簡単な方法は、ブロックチェーンレジストリに独立した貢献、共同の成果、継続開発を登録することです。この方法で取得した証明書はコラボレーションを管理する契約の枠組みでも参照できます。
- スタートアップ企業
スタートアップ企業は当然イノベーションに重点を置いていますが、手遅れになるまで、適切な知財管理を実践できていないことがよくあります。たとえば、彼らは投資家に売り込む技術の所有権を証明するのに苦労したり、新しい共同創立者や主要な雇用者を受け入れる際に社内知識を明確に把握することができなかったりします。ブロックチェーンベースの知財管理プラットフォームは、他のオンラインストレージサービスと同じように使いやすく、このような状況や他の多くの状況に対処できます。また、スタートアップ企業に大きなメリットをもたらし、最終的には企業の評価を高めることができます。
- 商標の使用と評判の証明
商標の実用と評判を証明する証拠の証跡により、商標の名義人は登録商標と未登録商標を効果的に防御、維持、更新することができます。あらゆる種類のファイルを処理するブロックチェーンの機能が、請求書から公開プレゼンテーションのビデオ映像、パッケージデザイン、広告コピーからメディア報道に至るまで、非常に多様な証拠の登録を可能にします。企業はブロックチェーンベースのプラットフォームの使用を通じて、各商標のタイムスタンプ付きリポジトリを簡単に保有できます。
- 効果的な先使用での防御
ある技術の事前知識や先使用を証明することで製品の防御を成功させるには、製品が販売される各市場で有効であり、受け入れられている確実な文書を提示することが重要となります。ブロックチェーン認証のグローバルな性質、そして、コア技術の成果、ビジネス上の決定、パイロットプロジェクトの結果などを登録するために利用できることから、複雑な事例においても先使用の防御が可能になります。
- 創造的アイデアの提案
広告代理店、建築家、デザイナーは、公開入札、競争入札の場面で創造的で革新的なアイデアを売り込むことができるほんの一部の職種です。しかし、彼らは自身が提示したコンセプトが不当に使用されることに関して無力な場合がよくあります。ブロックチェーンレジストリに提案を事前に登録することは、誤用を阻止し、必要に応じて権利を主張する際に、便利で効果的な手段となります。
結論
知財が適切に管理されていないと、事態がひどく悪化する場合があります。日々のニュースは、企業秘密を盗用する不誠実な従業員、スタートアップ企業や中小企業の知財を悪用する大企業、著作権侵害でファッションデザイナーが被った損害などに関する報道で溢れています。
今日、イノベーターは従来の知的財産権制度によって提供される保護をブロックチェーンベースの認証で補完することができます。もちろん、法律事務所と知的財産の専門家は、知財の所有者に情報を与え、彼らが適切なツールを選択し、ベストプラクティスを確立し、これらの新しいデジタル証明書を活用する新しい契約の枠組みを作成するサポートをするのに最適な立場にあります。しかし、ブロックチェーンベースの認証は、誰でもアクセスすることができ、イノベーターやクリエーターの利益を保護するためのこれまでにない機会を提供します。
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