ナイジェリアの環境に優しい未来のためにイノベーションを活用する
By Susan Chioma OmehSusan Chioma Omeh氏* (ナイジェリア大学)
*WIPOナイジェリア事務所が2020年世界知的所有権の日を記念して開催した小論文コンテストの受賞者
気候変動、生物多様性の喪失、動植物の段階的な消滅で環境が悪化し続ける世界において、ナイジェリアも事態改善に成功しているとはいえません。世界資源研究所 (World Resources Institute) の分析指標ツール (WRI CAIT) によると、ナイジェリアにおける毎年の温室効果ガス排出量 (気候変動を測る主な指標の1つ) は、世界全体の排出量の約89%で推移しています。
イノベーションの創出を促進・保護する調和の取れた知的財産制度を構築することにより、よりクリーンで、より環境に優しく、効率性の高い技術の開発に必要な創造性を解き放つことができます 1.
WIPOグローバルチャレンジ部門ディレクター Amy Dietterich氏
ナイジェリア領土内にあるチャド湖南部は1991年には、4万平方キロメートルを超える湖面面積がありました。しかし現在は、気候変動の影響で水が干上がり、1300平方キロメートル程度にまで縮小し、今後さらに縮小が進むと考えられています。ナイジェリア気象庁は、環境汚染によるマラリア症の感染拡大、洪水や干ばつ、そして熱波の発生頻度の大幅な上昇が起きるだろうと予測しています。このような状況を背景に世界知的所有権機関では、知的財産権 (IP) 及びイノベーションを活用して低炭素社会への移行をサポートするため、2013年にWIPO GREENイニシアチブをスタートさせました。
安定した知的財産制度が提供する保護や政策措置は、より健全な世界を構築するグリーンイノベーションを促進しています。ナイジェリアにおけるエコイノベーション、ひいては環境に優しい未来への移行推進にあたり、整備の行き届いた知的財産制度が果たす役割の重要性は、いくら強調してもし過ぎることはありません。
知的財産とは思考の創造物のことで、具体的には各種発明や、著作品またはアート作品、意匠、商業活動で使用される記号や名称、図形などを指し、特許、著作権、商標等によって法的に保護されます。本稿では、知的財産と環境に優しい未来の合流地点に注目し、ナイジェリアに環境持続可能性をもたらすイノベーションをどのように流入させることができるか、そしてその実現に欠かすことができない知的財産制度の極めて大きな役割について論じます。
環境に優しい未来を実現するために知的財産が果たす役割
結論から言うと、ナイジェリアの特許管理制度は、形式的なものから、保護付与前の異議申立てを認める実体的なものへと、移行すべき時期にきています。現在ナイジェリアでは、特許管理を極めて制限的・形式的に行っています。他の多くの諸国とは異なり、ナイジェリア特許登録局は、提出された書類が特許取得内容についての説明を行っていないことが明白である場合を除き、特許出願様式に記載される技術の特許性に関する実体審査を一般的に行いません。そのため、出願された技術の実施可能性やナイジェリアの社会経済状況への悪影響の有無が考慮されることなく、法律に準拠してさえいれば全てが登録可能な仕組みとなっています。
適切な手続を導入する
保護が付与される前の異議申立てを認める手続を導入することにより、第三者が、発明の保護の付与を認めるべきではない理由を証拠を添えて特許庁に提出することができるようになります。これにより利益を有する関係者による権利主張が可能になるだけではなく、実体的な特許制度の下では、公共の利益の保護を根拠とし、公衆衛生や健全な環境、産業の発展、または社会の福祉を促進しないことを理由に異議申立てを行うことが認められる可能性もあります。実際、このような制度は、オーストラリアやボツワナ、インドといった諸国でエコイノベーションの認識を高め、その知的財産権の保護を促進するなど、大きな成果を出してきました。ナイジェリアでも、次の条件を満たすことで、保護付与前の異議申立手続を取り入れた実体的な特許管理制度への移行が可能です。
- 発明が公共の利益に反する場合、第三者が速やかに費用の負担なく (即ち、異議申立手数料が発生しない) 異議申立てを行うことができる政策を導入すること。濫用を避けるため、これらの異議申立てを審査する仕組みの構築も重要。
- 高度な専門知識を備えた審査官を特許庁に配属すること。
- 異議申立ての期間を設定すること。
- 公共が簡単にアクセスできるよう特許情報を公開すること。
- 異議申立てがなされた発明に対する暫定的な保護措置が認められること。
ナイジェリアのエコイノベーションを支援する時は今
イノベーションを後押しする知的財産制度及び政策措置は、エコイノベーションを促進し、研究や国の発展に寄与してきました。今こそ、ナイジェリアのエコイノベーションを支えるインセンティブベースの知的財産制度を導入すべき時でしょう。
2009年には、米国と英国が、既存のエコイノベーションの利用を広め、これら技術のライセンスを無料で開放し、両国におけるエコイノベーションの特許付与を迅速化するエコ・パテントコモンズの普及を加速させました。
環境に優しい発明技術にインセンティブベースの知的財産制度を適用したことが、エコイノベーションの発展に大きく貢献してきました。生分解性原料や再生素材パッケージを使用した洗濯洗剤「Ecover」や、100%再生利用可能にしてプラスチック廃棄物の排出量を大幅に削減した「Futurecraft.Loop」などは、その一例です。
また、ナイジェリア知的財産制度で電子タイムスタンプサービスが利用可能になれば、さらに有益です。発明者は電子資産の存在を証明することができるようになるため、将来、法的紛争が起きるリスクを軽減するだけではなく、後日、知的財産権を登録する基盤となります。
イノベーションを後押しする知的財産制度及び政策措置はエコイノベーションを促進し、研究や国の発展に寄与してきました。今こそ、ナイジェリアのエコイノベーションを支えるインセンティブベースの知的財産制度を導入すべき時でしょう。
また、エコイノベーション研究助成金を提供することで、低投資利益率リスクを軽減するのにも役立ちます。このような助成金は、エコイノベーションの促進に取り組むアフリカ開発銀行と連邦政府の連携により実現する可能性があります。アフリカ開発銀行は最近、気候変動向け融資額をこれまでの2倍となる250億米ドルに倍増し、モロッコやケニアでのクリーンな発電所建設プロジェクトを支援しています。インセンティブベースの知的財産制度は、イノベーションの利用促進、世界的な普及、ひいては地球規模での環境改善をもたらすため、これを導入するメリットは計り知れません。
ナイジェリアはイノベーションの輸入国です。そのため、国の知的財産制度がエコイノベーションを保護する一方で、これらのイノベーションを国内に輸入するため積極的に働きかけていくことが重要です。ナイジェリアへの技術移転を規制する主要な法律は国立技術取得促進局法 (National Office for Technology Acquisition and Promotion Act: NOTAP法) です。この法律 (第6条) は現在、ナイジェリアに移転された技術が登録前であれば、エコイノベーション仕様であることを義務付けていません。
これに対応するためにNOTAP法を改正し、無登録に対する罰則を厳格化することで、環境に優しい技術を優先的に国内に輸入する必要性が注目されるようになるでしょう。現時点では、ナイジェリアへの輸入契約に基づき移転された技術が登録されていない場合、技術提供者への支払いが禁止されるだけで、契約上の義務は存続します。ナイジェリアの知的財産専門弁護士は、これに関する厳しい制裁措置がないことで、より安全な技術をナイジェリアに輸入するという同法の目的が損なわれていると強く批判しています。
ナイジェリアで登録されているか否かに関わらず、国際的に有名な商標を保護しようとする商標法案(第58条)における動きは特許法にまで拡大されるべきですが、その際には、保護対象となる技術をエコイノベーションに限定するという前提条件を付す必要があります。これにより、ナイジェリアでその特許が登録されているか否かに関わらず、エコイノベーションに関わる契約に基づき輸入された技術のみがNOTAP法の下で登録され、ひいてはナイジェリア国内で (特許法に基づき) 確実に保護・使用されることになります。
簡略化された登録システムの整備の必要性
ナイジェリアは、イノベーションの成果物の国内登録手続の合理化と知的財産担保融資を可能とする知的財産制度の整備に取り組む必要があります。
知的財産担保融資とは、融資の担保に知的財産 (商標、意匠権、特許、著作権) を利用する仕組みのことです。イノベーションの成長に必要な資金調達を助長することで、知的財産法制度によるイノベーションの保護強化、ひいてはイノベーションの普及と利用を促進します。
その手始めとして、ナイジェリアにおける知的財産権登録手続を合理化し、管理を容易にすべきです。ナイジェリアでの商標及び特許の登録手続には1年以上を要することもあり、大変手間のかかる作業です。ナイジェリアの知的財産制度をより実用的なものにするために、政策立案者はナイジェリア特許意匠委員会 (Nigerian Patent and Designs Commission) 及び商標委員会 (Trademarks Commission) の設置を検討しても良いでしょう。また、これらの委員会には、 発明者の登録手続をサポートし、実現可能な知的財産担保融資戦略についての助言を行う、社会貢献・公益活動に取り組む特許・商標専門弁護士の配属を検討することも一案です。
植物品種の保護は必須課題
そして、ナイジェリアの知的財産制度の適用範囲を拡大し、植物育成家の権利も保護する必要があります。これらの権利は、農業の持続可能性、健全な環境、食糧安全保障を促進する中で、植物の新品種のイノベーションを保護することを目的としています。特に、気候変動が進む状況下ではその重要性が強調されます。
植物は炭素を吸収するため、統計によると、新品種植物を増やし、保護することで、ナイジェリアは二酸化炭素の排出量を最大で30%削減することができます。ナイジェリアには、植物品種保護 (PVP) に適用される知的財産制度がありません。知的財産法の改正が試みられていますが、現在、国会で審議されている産業財産権委員会法案 (Industrial Property Commission Bill) には、植物品種の保護、農業従事者の権利、育種家の権利に対する私的使用・研究の例外などが含まれていません。一方、PVPが適用される知的財産制度が整備された諸国 (ベルギー、ケニア、南アフリカ、米国など) では、よりクリーンな環境を促進する、農業部門での優れた活用事例があります。それらの経験から、ナイジェリアも植物新品種保護国際同盟 (International Union for the Protection of New Varieties of Plants) に参加することが有益であると考えられます。
世界が直面している環境問題は極めて深刻です。私たちは、地球を健康に保つ必要性に目を向けてきませんでした。それは事実です。環境に優しく、持続的な未来を実現できるか否かは、今日の私たちの知的努力にかかっています。私たちは、効果的で整備の行き届いた知的財産制度が持続可能な未来をもたらすエコイノベーションを促進すると頭ではわかっています。しかし、それを現実化するために、実際に多くのことを実行に移す必要があります。
つまり、ナイジェリアは、植物育成者の権利を保護し、保護付与前の異議申立てを認め、イノベーションを奨励する知的財産制度を推進し、環境に優しいイノベーションの技術移転を促進し、特許・商標保護制度の手続を簡素化することにより、平和で持続可能な環境に満ちあふれた国を次の世代に引き継いでいくことができるのです。
WIPO主催の2020年全国知的財産小論文コンテストについて
WIPOナイジェリア事務所は2020年4月26日、同国における2020年世界知的所有権の日の記念行事の一環として、「環境に優しい未来をもたらすイノベーション」をテーマに、第1回「WIPO全国知的財産小論文コンテスト」を開催しました。
知的財産分野における研究及び学習の促進を主な目的とした本コンテストは、ナイジェリアの高等教育機関に通う全ての学生を対象とし、「ナイジェリアの環境に優しい未来のためにイノベーションを活用する」というテーマで最大文字数1500語の小論文を書くことが課題でした。コンテストには、59校の大学・大学院、51校の専門職業学校から262件の応募があり、WIPOナイジェリア事務所が選任した15名で構成される専門家パネルが応募作品を審査しました。受賞者15名にはそれぞれ、WIPOの入賞表彰状のほか、WIPOディスタンスラーニングコースまたは知的財産関連のインターンシップやイノベーション・フェローシップの機会を活用するための奨学金、WIPOが主催するナイジェリアの首都アブジャへの知的財産学習ツアーへの参加またWIPOが提供するリソースや資料が贈呈されました。さらに、第2位と第3位の受賞者には、南アフリカで開催されるWIPOサマースクールに参加するための奨学金も贈呈され、最優秀賞に輝いたナイジェリア大学のSusan Chioma Omeh氏には、複合的なカリキュラムである知的財産管理に関する上級国際履修証明課程 (Advanced International Certificate Course on IP Asset Management: AICC)」を受講するための奨学金も贈呈されました。Chioma Omeh氏の受賞作品は以下のリンクからアクセスできます。
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