著者: Catherine Jewell氏、WIPO情報・デジタルアウトリーチ部 (Information and Digital Outreach Division)
スコッチウイスキーはスコットランドの伝統とアイデンティティの象徴です。約180の市場に輸出されるスコッチウイスキーは、スコットランドと英国経済にとって重要な役割を担っており、輸出額は数十億ポンドに上り、数千人の雇用を支えています。その高い品質と評価が、スコッチウイスキーを世界的に有名な地理的表示 (GI) にしています。このように成功を収めている産業の長期的な持続可能性を確保することが、業界団体であるスコッチウイスキー協会 (Scotch Whisky Association、SWA) の仕事です。SWAがスコッチウイスキー産業の持続的繁栄のために行っている取り組みについて、SWAの上級法律顧問Caitlin O’Donnell氏と人材・スキル部門の責任者Kirsty Summers氏に聞きました。消費者に本物のスコッチウイスキーを楽しんでもらうために、スコッチウイスキーが長年保持している地理的表示のステータスはどのような役割を果たしているのでしょうか。また、この産業の持続的繁栄に必要な人材やスキルへのアクセスを確保する取り組みとして、SWAの多様性・包括性憲章 (Diversity and Inclusivity Charter) などを紹介してもらいました。
スコッチウイスキー協会 (SWA) はスコッチウイスキーの業界団体です。SWAの役割は、スコッチウイスキーとSWAのメンバー、スコッチウイスキー産業全体に対する世界の関心と認知度を高めることです。SWAのメンバーはスコッチウイスキーの蒸留業者、ボトラー、ブランドオーナー、ブローカーなどで構成され、世界で販売されているスコッチウイスキーの合わせて約95%を製造しています。
SWAのミッションは、スコッチウイスキー産業の持続可能な未来を築くことです。私たちはスコッチウイスキーが持続可能な方法で製造され、世界中で取引され、節度を守って消費されることを望んでいます。このミッションを支えるために、あらゆるレベルの政府関係者やオピニオンリーダーたちと強力な関係を構築することに努め、以下に取り組んでいます。
スコッチウイスキーは地理的表示です。つまり、英国の法律に基づいてスコットランドのみで製造することができます。スコッチウイスキーは3つの自然素材 (穀物、水、酵母) のみで製造し、オーク樽で3年以上熟成しなければならず、香味料や甘味料の使用は禁止されています。伝統的な手法で製造しなければならない点も重要です。実際、伝統へのこだわりはスコッチウイスキー産業を象徴するもので、世界最高峰の蒸留酒としてのスコッチウイスキーの世界的評価に結び付いています。この評価は何十年もかけて築き上げ、法律による強力な保護に支えられています。
伝統へのこだわりはスコッチウイスキー産業を象徴するもので、世界最高峰の蒸留酒としてのスコッチウイスキーの世界的評価に結び付いています。
SWAの法務チームは弁護士5名とパラリーガル2名で構成され、スコッチウイスキーの成功と高い評価を利用してさまざまな方法で利益を得ようと試みる悪質な業者からスコッチウイスキーを保護しています。スコッチウイスキーでない飲み物をスコッチウイスキーと偽装したり、「スコッチウイスキー」という地理的表示を使用せずに巧妙にスコッチに似せようとしたりするなど、問題は多岐にわたります。「GLEN」や「HIGHLAND」「SCOT」などの言葉のほか、タータンチェックやバグパイプ奏者、スコットランドの城などが、消費者にスコッチウイスキーと思い込ませるために広く使用されています。偽の「スコッチウイスキー」を販売するなどの不当競争は、スコッチウイスキー産業の利益を奪うだけでなく、消費者に損害を与えます。
SWAの方針は、可能な限りすべての市場でスコッチウイスキーを地理的表示によって保護することです。法域によって制度は異なりますが、スコッチウイスキーは70カ国以上で地理的表示として登録されています。また、証明商標 (オーストラリアや米国など) や団体商標 (中国など) としても登録されています。スコッチウイスキーが明確に保護されていない地域でも、偽装 (詐称通用) や不正競争に関する法律に基づいて法的措置を講じることが可能です。
スコッチウイスキーの輸出が増えるにつれて模造品も増加しています。SWAの法律業務が膨大な量になるので、これが最大の問題の1つです。自社ブランドの権利が侵害された場合はメンバー企業が対応しますが、スコッチウイスキーの地理的表示ステータスを確実に保護するのはSWAの法務チームの仕事です。SWAは偽の「スコッチウイスキー」を一切容認しない方針を取っています。世界のどこかで模造品が販売されているという情報を入手すれば、その模造品を市場から排除するよう努めます。こうした措置を通じて、長い年月をかけて築き上げたスコッチウイスキーの評価が損なわれないようにしています。
SWAは偽の「スコッチウイスキー」を一切容認しない方針を取っています。
幸いにも、この業界はスコットランドの製品としてのスコッチウイスキーの評価を守ることを常に優先させてきました。そのため、スコッチウイスキーはスコットランドで製造されるウイスキーを意味する、ということを認めない裁判所はありません。これが維持されることを期待しています。
業界全体として2018年からダイバーシティとインクルージョンを優先課題とし、この取り組みから2020年に多様性・包括性憲章が生まれました。
この憲章は、性別や人種、障がいの有無、年齢、性的指向にかかわらず、ウイスキー産業で働くすべての人々に平等な機会を提供することを目指すもので、職場の多様性を認識し、保護するための明確な道筋をSWAのメンバー全員に示します。
スコッチウイスキーは伝統的な製品と定義されています。蒸留業者やブレンダー、樽製造業者などのスキルと製法はスコットランドで培われ、何世紀も受け継がれ、スコッチウイスキーの質と特徴に大きな影響を与えています。これらの伝統的な技はスコッチウイスキー産業で極めて重要な役割を果たしますが、エンジニアリングやマーケティング、ツーリズム、グリーン・スキル (持続可能な社会の実現に必要な能力) などのスキルも同様に重要で、その重要性はますます高まっています。スコッチウイスキー産業は、こうしたスキルを維持するために持続可能な人材プールを必要としており、持続可能な採用とは可能な限りさまざまなグループの人々に広く接触することであると認識しています。
スコットランドで培われ、何世紀も受け継がれてきたスキルと製法は[中略]スコッチウイスキーの質と特徴に大きな影響を与えています。
この憲章を提唱したのは前CEOのKaren Bettsです。Karenは業界のために、ダイバーシティとインクルージョンに富むグローバルな人材の獲得に注力しました。憲章を制定した目的は、メンバー企業間の連携を促進し、他社の経験から学び、キャリアのレベルやステージを問わず幅広い人材に、スコットランドと世界のウイスキー産業の魅力を伝えようとする私たちの姿勢を明確に示すことでした。
2020年以降、ダイバーシティとインクルージョンへの理解が急速に深まっています。#MeTooやBlackLivesMatterなどの世界的な運動によってこの問題に注目が集まり、職場におけるその重要性が再認識されるようになりました。
当初から、この憲章は私たちを取り巻く世界の変化に応じて変化する、生きた文書であると考えていました。実際、現CEOのMark Kentによる継続的支援のもと、この憲章が引き続き目的に沿ったものとなるよう今も更新を行っているところです。まもなく公表される更新後の憲章は、当初と同じ目標を掲げ、2023~2025年までのSWAの戦略に即したものとなります。SWAは、各メンバーのインクルージョンとダイバーシティの推進状況にかかわらず、できるだけ多くのメンバーに署名してもらうことを目指しています。
スコッチウイスキーはスコットランドのアイデンティティと遺産の中核をなすものであり、英国およびスコットランド経済に欠かせないものです。約180の市場に輸出され、2022年には輸出額が初めて60億ポンドを超えました。この産業は、スコットランド全体で1万1,000人超の雇用を支え、職場も多岐にわたります。うち約7,000人は農村地域で働き、そのコミュニティに不可欠な雇用と投資をもたらしています。さらに、サプライチェーンを通じて英国全体で約4万2,000人の雇用を支えています。穀物や輸送など、メンバーのパートナー企業を含む広範な産業に従事する人々の数を考えると、SWAがインクルージョンとダイバーシティを推進する取り組みを通じて及ぼす影響の重要性はさらに高まります。
約180の市場に輸出され、2022年には輸出額が初めて60億ポンドを超えました。
更新された多様性・包括性憲章は、署名企業が取り組むことのできるシンプルで効果的な方法を提示しています。例えば、経営上層部に対し、インクルージョンとダイバーシティを推進し、自社の事業目標に即した測定可能な目標を実行に移すための行動計画を策定するよう働きかけることなどです。
行動計画の効果を測定することは、現段階では任意ですが、最も重要な目標は、スコッチウイスキー産業が魅力あるキャリアを提供し、あらゆる人々の潜在能力を生かし、事業を営む地域社会をより良く反映することです。
データを収集するための調査を試みていますが、この業界の男女比を正確に把握する方法は見つかっていません。インクルージョンとダイバーシティはまだ新しい分野です。男女比はほぼ半々だと思いますが、ウイスキー特有の仕事や指導的役割を担う女性の割合に関して、厳密な分析結果は明らかになっていません。そのため、データ収集調査への定期的な協力をメンバー企業にお願いしています。
人員の自然減や退職によるスキルと知識の喪失や、教育制度を通じた関連スキルの不足が特に懸念されます。
ただし、指導的立場にある女性の比率は情報に基づいて推定することが可能で、こうした立場の女性の比率は極めて低いと推定されます。そこでSWAは2023年に、指導的立場に就くよう女性に働きかける方法や、すでに指導的立場にある女性を支援する方法を模索しています。
人員の自然減や退職によるスキルと知識の喪失や、教育制度を通じた関連スキルの不足が特に懸念されます。インクルージョンとダイバーシティを重視することは、市場を開放し、こうした懸念に対処し、女性にとって魅力的なキャリアパスを創出し、その数を増やすことにつながるでしょう。
SWAのメンバーはインクルージョンとダイバーシティを支持しています。しかし、多くの産業と同様に、関連する活動を実行し目標を達成する際に困難に直面している雇用者を支援する必要があります。雇用者が直面する問題は、遠隔地や小規模の地域コミュニティであるために潜在的な人材プールがないことや、ほぼ男性のみのチームが確立されていること (多くの場合、長年受け継がれてきた結果にすぎない) などです。このような場合、憲章の掲げる目標を目指すようメンバーを支援しつつ、不遵守とみなされた場合にも責任を問われることはないと安心してもらうことが課題となります。
SWAのメンバーはインクルージョンとダイバーシティを支持しています。しかし、多くの産業と同様に、関連する活動は目標を実行する際に困難に直面している雇用者を支援する必要があります。
最も重要な課題の1つは、男性が圧倒的に多いSWAの協議会で女性の数をどうやって増やすか、ということです。この状況に対応できれば、SWAは模範を示すことができるでしょう。同様に、協議会の活動を支える委員会や作業部会は、SWAの活動への女性の参加を促進するための優れた場を提供しています。残念ながら、これらのグループの現在の構成を見ると、この産業全体で女性比率が低いという印象を与えますが、必ずしもそうではありません。
女性は能力があり意欲的で、女性の地位向上を積極的に支援する状況が整えば能力を発揮することができます。特にスキルに関して、女性の声を広げようとする積極的な動きが広がっています。クリエイティブ職の新規採用や実習制度、充実した学習・養成プログラムは、女性の業界参加とスキルアップを支援します。問題は、キャリアの長さと業界への情熱により、男性の声が強いことです。
「女性に優しい」状況を作り出すために雇用者ができることはたくさんあります。
「女性に優しい」状況を作り出すために雇用者ができることはたくさんあります。ビジネスのあらゆるレベルでインクルージョンとダイバーシティを重視することは、女性に対する意識を高め、女性を支援することにつながります。柔軟な、またはハイブリッドな就労パターンを歓迎する女性は多いため、雇用者がインクルージョンとダイバーシティに加えて柔軟性と従業員のウェルビーイングを重視することが重要です。男性もこうした施策を利用することで「女性向けの施策」と思われないようにすれば、非常に有効となるでしょう。この産業で女性を採用し、定着を図り、より広い社会を代表する意欲的な人材を確保することが非常に重要です。
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