メタバース、NFTと知的財産権: 規制は必要か
Andy Ramos氏、Pérez-Llorcaパートナー、マドリード、スペイン
遡ること紀元前6世紀後半、ギリシャの哲学者パルメニデスは「無からは何も生じない」と主張しました。デジタル時代の今日、前例のない現象が2、3年おきに無から生じ、しかも世界と法を一変させる力を持っているように思われます。数年前にはWeb 2.0が登場し、その後クラウドコンピューティング、ブロックチェーン、Web 3.0と続いています。この1年間、数多くの記事がメタバースとNFT (非代替性トークン) を通じた世界の変革を予想し、このイノベーションに対応するための新たな規制に喫緊の必要性があるかに関心が集まっています。別の言い方をすると、メタバースに合わせて法律を変えるべきでしょうか、それとも法律に合わせてメタバースを変えるべきでしょうか。以下に述べる理由から、現時点で最も適切な対応は後者だと考えます。
20年以上前にインターネットが出現して以来、私たちは情報、データ、テレコミュニケーションに基づくオンライン・ネットワークを享受し、Second Life、Instagram、Fortnite、TikTok、Robloxなどのソーシャルメディアとビデオゲームを中心に、さまざまな独立した仮想世界 (バーチャル世界) が誕生しています。メタバースは、筋電図 (EMG) の動きと神経インターフェースでコントロールされる、相互接続された仮想環境を約束します。メタバースでは、企業は収集したデータの可能性を最大限に引き出すという、これまでにない能力を手に入れることができるでしょう。
テクノロジー・セクターとビデオゲーム産業は、メタバースの到来に向けて準備を進めています。メタバースとは三次元の仮想世界で、主にアバターを通じて社会的・経済的に交流することができます。メディアからは大きな注目を集めていますがメタバースはまだ存在しておらず、少なくとも一部の記者により報道されているような現実感のある形では実現していません。その主な理由は、コンピューター処理要件が厳しく、実現するには標準化されたプロトコルが必要になるためです。
一方、NFTはすでに存在しています。既存のブロックチェーン技術に基づくNFTは、暗号化技術を用いたデータ単位で、独自のメタデータを持っています。このため、NFTは他のNFTと区別され、個人の識別情報や美術品など、他の種類の情報も保持することができます。その非代替性により、NFTは売買が可能であり、デジタル台帳にすべての取引が登録されます。NFTはブロックチェーン技術を利用して非代替性のデジタルファイルを作ります。デジタルファイルには、特にエンターテインメント業界にとって重要な画像やグラフィック、動画がトークンの形で埋め込まれ、これが市場でのNFTの価値を決定します。
上述したように、メタバースに対する新たな規制を求める声が高まっています。なぜでしょうか。それは仮想世界で交流するユーザーを保護し、現実と法律の間にあると見られるギャップを埋めるためです。
現行の規制はメタバースに適用されないという主張や、現行法はメタバースの環境に適合していない、あるいは技術は法律よりも進展が早いという主張をよく耳にしますが、ほとんどの場合適切でないと私は考えています。
この30年間、インターネットが広く普及している国々は、電子商取引、テクノロジーが関係する犯罪行動、デジタルコンテンツに対する消費者の権利、インターネット・サービス・プロバイダーの法的責任制度などを扱う新しい規則を制定してきました。
知的財産 (IP) 法を例に取ってみましょう。知的財産法は、著作者、発明者、製作者、デザイナー、実演家などに対し、著作権、商標、特許、意匠、営業秘密に対する排他的権利を与えて保護します。知的財産権に関する規則が主に焦点を当てるのは、創造的作品や識別性のある標識、技術イノベーションを包含する物理的な対象物ではなく、その非有形の側面です。
民事法は物理的財産 (車、本、ハンドバッグなど、商標、特許、または著作成果物を含むことができるもの) の所有について規定しますが、知的財産法はこうした財産の非有形要素の所有制度に適用されます。知的財産の専門用語では、これはそうした資産のcorpus mysticum (無形資産) とcorpus mechanicum (物理的形象) の違いということになります。この原則は何世紀にもわたって適用されており、メタバースとNFTにも十分適用できます。
メタバースでは、企業は収集したデータの可能性を最大限に引き出すという、これまでにない能力を手に入れることができるでしょう。
メタバースとは、人間またはコンピューターがコントロールするアバターが、車や武器、家具などのバーチャルな仮想アイテムをコントロールできる仮想宇宙であり、どのアイテムにおいても商標または著作権で保護された著作物を表現することが可能です。知的財産法は、対象物が物理的かバーチャルかを問わず、対象物の無形要素 (corpus mysticum) を取り扱うため、メタバースの構築者が、現実世界の発明者やデザイナー、識別性のある標章の所有者の権利を認めて尊重しなければならないのは明白です。結果として、知財権所有者は、メタバースにおける自身の知的財産権の利用 (例えば、デジタル・アバターのために作られたバーチャルなハンドバッグやジャケットに付けられた場合など) に対して法的措置を取ることが可能です。
NFTに関しても同じような結論が導き出されます。NFTは、動画や美術品などの創造的作品、またはその他の対象物が埋め込まれたデジタルファイルです。著作権が、元の著作成果物 (corpus mysticum) に対する排他的権利を与えるものであり、その著作成果物が埋め込まれているデジタル・オブジェクト (corpus mechanicum) の所有権とは明確に区別されている限り、例えばNFTの録音物やビデオゲームのクリップなどを使用する者は、当該作品の著作権者から事前に許可を得る必要があります。したがって、現行規則のNFTとメタバースへの適用とその有効性については、議論の余地はほとんどありません。
法律的な観点からは、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」が現在181カ国によって批准されており、締約国は、表現形式にかかわらず作品への排他的権利を著作者に与えなければならないと定めています。ベルヌ条約は他の国際協定によって補完されており、例えば1996年に採択されたWIPO著作権条約は、ベルヌ条約をデジタル環境に適合させています。この協定 (WIPO著作権条約第1(4) 条に関する合意書) は、著作権で保護されている作品を電子媒体によりデジタル形式で保存すること (NFTやファイルなど、そのコンテンツがメタバースで表示されるもの) は複製にあたり、著作権者の事前許可が必要であることを明記しています。法律は必ずしも動きが遅いわけではないようです。
知財権所有者にとっての新たな問題
知財権所有者はしかしながら、こうした新しい形態のエンターテインメントに関して別の要因で提起されるいくつかの問題に直面しています。著作者、製作者、出版者、商標の所有者は、自身の無形資産に対する排他的権利を有していますが、これらの権利は絶対的なものではなく、ベルヌ条約はかかる権利を行使できない一定のシナリオを想定しています。例えば、本の引用のための文学作品の複製や、ブランド・オーナーの商品やサービスを描写するためのブランド使用などについては、排他的権利を有しません。
したがって原則としては 、企業の商標をデジタル・オブジェクト (NFTやメタバースにおけるアイテムなど) で使用したい場合には商標の所有者に許可を求める必要があります。ただし、例えばビデオゲーム関連の事例では、第三者の商標の一定の記述的使用は事前の同意を必要としない、という判断を一部の裁判所が下しています。
企業の商標をデジタル・オブジェクト (NFTやメタバースにおけるアイテムなど) で使用したい場合、原則として商標の所有者に許可を求める必要があります。
2017年、有名な軍用車両ハンヴィーの製造メーカーであるAMゼネラル社 (AM General LLC) は、ビデオゲーム・フランチャイズ「コール・オブ・デューティー」の制作会社を、ゲーム内での車両の描写をめぐって提訴しました。このゲームでは、車両のデザインが複製され、商標が使用されていました。しかし、米国ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、アクティビジョン (Activision) 社の目的は、現代戦をリアルにシミュレートしたビデオゲームの開発であったため、同社による車両および商標の使用には芸術的価値があり、したがってロジャース・テストの要件を満たすとの判断を示しました。
ロジャース・テストについて
1989年のロジャース対グリマルディ事件 (Rogers v. Grimaldi 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989)) で、裁判所は商標の使用に事前許可が必要か否かを判断するテストを導入しました。このテストには2つの要素があります 。まず、商標の使用が「被告の作品にとって芸術的な重要性があるか」の判断を試み、次にかかる使用が「明らかな誤解を招く」ものかどうかを判断します。
裁判所の判例
著作権の分野でも、第三者による無許可のコンテンツ使用に関する著名な判例がいくつかあります。特に関連性の高い例として挙げられるのが、タトゥーの著作権者であるSolid Oak Sketches社による、有名なビデオゲーム・フランチャイズNBA 2Kの制作会社2K Games の提訴です。原告は、有名なバスケットボール選手 (Lebron James氏もその1人) のタトゥーなど、いくつかのグラフィックデザインに対する権利を所有しており、同社の著作権が、ビデオゲーム内の選手のデジタル・アバターでの複製により侵害されたと主張しました。ハンヴィー事件を担当した裁判所 (米国ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所) は、本件でも被告に有利な判決を下し 、ビデオゲームの芸術的性質に基づいて、僅少な使用 (de minimis use) の抗弁 (保護されている作品のごく一部しか使用されていないため、権利侵害作品は、著作権で保護された作品と実質的に類似しているとは言えず、したがって権利侵害にあたらない)、黙示の許諾 (implied license) の抗弁、およびフェア・ユースの抗弁を適用しました。
しかし、他の事例では、裁判所はビデオゲーム開発者による第三者の知的財産の使用が行き過ぎであるとの判断を示しています。このように、明らかにケース・バイ・ケースで分析する必要があります。
とはいえ、NFTやメタバースでの知的財産権の使用の必要性を議論するにあたり、依拠できる先例がかなりあることは確かです。 上述した通り、無からは何も生じません。実際、過去を振り返ると、新たな規制が策定される際には、過去の経験から学ぶという原則が適用されています。導き出されるもう1つの結論は、メタバースとNFTは、少なくとも法的観点からは、一部で考えられているほど破壊的で混乱を招くものではないということです。結局のところ、バーチャルな世界やデジタル・オブジェクトは20年前からすでに存在しているのです。
NFTとメタバースの出現が知財権所有者に多くの問題を突きつけることになるのは確実でしょう。どのような問題や課題が提起されるのかは、現時点ではほとんど予測することはできません。したがって私たちは、NFT、新生のメタバース、その他の新しいデジタル現象を現行の規則に照らして分析しなければなりません。現行の規則はさまざまな国や文化による議論を経て制定されたものです。また、さまざまなシナリオで検証され、数十年にわたり有効性が証明されています。今後間違いなく、デジタルで接続された世界における人間の交流を規制するために、何らかの修正が必要になるでしょう。しかし、修正はこうした課題の性質が明らかになるまで待たなければなりません。それまでの間、知的財産権はこれまで通り、科学と芸術作品の進化に対して有効であり続けるでしょう。
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